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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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田母神論文を考える
田母神

田母神論文

もはや旧聞になりつつありますが、田母神元航空自衛隊幕僚長の「日本は侵略国家であったのか」という論文が、政府見解と異なっているのということが問題になりました。

当の論文はアパマンホテルを経営するアパグループの懸賞論文で一席、300万円を獲得したものなのですが、論文の主張が、政府見解と一致しているかどうか、あるいはイデオロギー的に右寄りかどうかなどとは別に、そもそも「論」として体をなしているかどうかも検証する価値はあるでしょう。

もちろん、論文とはいうものの、本当の学術論文ではないので、正確な引用文献の提示など、厳密性を求める必要はありませんが、航空自衛隊という専門集団の長として、意見を世に問うているわけですから、本来一定の水準に達していると期待するのは普通でしょう。

しかし結論を言えば、「論文」の中身は、伝聞、思い込み、飛躍のオンパレードです。これでは思想性以前に自衛隊高官の教養レベルのほうが心配になってしまいます。

主張:日本の中国への軍の派遣は、条約に基づくもので合法だ

合法だから侵略ではなかった、と続きます。珍説、奇説と言えるでしょう。田母神は「アメリカ軍の日本駐留は条約に基づいている」「誰もアメリカ軍を侵略軍とは言わない」「日本軍の中国駐留も条約に基づいていた」「だから日本軍も侵略軍ではない」と言っているのですが、これは「砂糖は白い、砂糖は甘い、塩も白い、だから塩も甘い」という、三段論法の誤った使い方の典型です。

侵略する国に傀儡政権を作り、その政権の「要請に基づき」侵略を行うというのは、侵略の常道です。冷戦時代のソ連の東側支配は基本的にその形ですし、アメリカもイラクであるいはベトナムで同様のことをしています。合法的かどうかと、侵略かどうかは別の事と考えるべきです。

もっとも、軍人からみると、形式的に合法的かどうかというのは大問題です。戦闘状態のような殺し合いの場でも「交戦規則」に従って、戦わなければ本当にただの「人殺し」になってしまうからです。

ですから、たとえ形式的でも条約の下で日本軍を派遣したことは、何もない状態で派遣するのとは、軍人にとれば大違いです。田母神があくまでも、「私は法にしたがう一介の兵です」という立場でものを言っているのなら、それはそれで正しいと言えないこともありません。しかし、日中戦争の原因に話が進むと、再び主張は珍説の色彩を帯びます。

主張: 蒋介石が合法的に駐在している日本軍にテロを繰り返したのが日中戦争の原因だ

確かに、イラクに駐在するアメリカ軍をイランやシリアが兵を送り込んでテロを繰り返し、その結果アメリカがイランやシリアと戦争になったというなら、イランやシリアに責任があると言えるでしょう。

しかし、蒋介石は中国政府として、中国を侵略していると考える日本軍を攻撃したので、それをテロと言うのは、用語の使い方として適切さを欠くでしょう。このような言葉遣いになったのは、「日本軍は合法だから侵略軍でない」という思い込みのせいなのですが、仮定に無理がある以上結論も無理なものになっています。まして、

主張: 日本は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた犠牲者だ

となると、滅茶苦茶としか言いようがありません。蒋介石のところを関東軍と置き換えると、かなり実態に近いものになるかもしれませんが、当時の日中の地政学的なバランスは、圧倒的な軍事力を持つ日本が、軍閥が割拠し、混乱した中国に勢力を広げようとしていたと考えるのが普通です。

このような状況は日中戦争を日本の侵略と断じた、リットン調査団の報告でも明らかなのですが、「そんなものは白人国家の日本叩きだ」と一蹴しても、「日本が犠牲者」とまで言う人は少ないでしょう。

そこで田母神は日本が犠牲者だという傍証として、

主張:(満州事変のきっかけとなった)張作霖の爆殺はコミンテルンの陰謀だ

という説を展開します。ただし、田母神は主張すると言うより、このような説が最近有力になったという「伝聞に基づく陰謀論」を展開します。しかも、その伝聞のソースの一つとして、これまた陰謀論好きの櫻井よし子の著作まで持ち出すのです。

ちなみに張作霖の爆殺は関東軍の河村大佐が自ら関与を認めており、陰謀論の根拠はありません。 そもそも、満州事変、日中戦争のきっかけに中国側の陰謀があろうとなかろうと、中国に勢力を広げたいというのは日本側の野望であっても、中国側の野望ではありえません。

田母神論文はなぜ陰謀を使っても中国が日本を戦争に巻き込みたいと思ったかを、まったく説明していません。蒋介石が日本を戦争に引き込んで何が得になったというのでしょうか。蒋介石とは違って、コミンテルンは利益があったのでしょうか(だとすると、蒋介石も被害者ということになりますが)。そこが明らかでないのに、コミンテルンは陰謀で日本を戦争に引きずり込もうとした主張するのは、おかしな話です。

主張: 日本の植民地政策は穏健だった

田母神は、続けて日本の植民地支配はヨーロッパ諸国と比べてずっと現地人を大切にしたと主張します。これはあながち嘘とは言えませんヨーロッパの植民地支配は、肌の色の違いを背景にした、人種差別的なものですから、日本の植民地政策がそれよりひどかったとは言えないでしょう。

むしろ田母神が指摘するように日本は朝鮮、台湾の内地化を進めます。その中には創氏改名と言って、朝鮮名を日本名に変えさせるようなことも含まれます。つまり建前として朝鮮、台湾の人たちも「皇民」として扱おうとしたとのです。そして、その建前の中で、実際に田母神論文で紹介されているように軍で将軍の地位に達する人も現れます。

この内地化の考えはアジア全体に広げて八紘一宇という、アジアは一つ的な太平洋戦争(大東亜戦争と言ってもよいですが)の思想的根拠につながります。戦前の白人国家絶対の中で、日本が大国として対抗するためには、アジアの代表という立場が必要だったのです。

しかし、同時にこれは深刻な自己矛盾を内包していました。白人対抗のためにはアジアの代表でいなければいけない、しかし後進国ばかりのアジアの他の国と一緒にして欲しくない。結果は、「日本はアジアの兄たる一等国」「中国は三等国」という意識です。

「日本国内」でもこの意識は朝鮮人に対する強い差別意識へとつながります。建前は同等といっても、実態は差別が行われる。しかも差別する方は、肌の色も変わらず、ほんの100年足らず前は、後進国と思っていた日本です。朝鮮人の自尊心は深く傷つけられたでしょう。

田母神論文で日本の植民地政策が穏健だったという主張の裏づけに、朝鮮、満州の人口が日本統治の時代に大幅に増加したということがあります。これは日本が投資を行い、治安の確保を行い、進んだ技術を持ち込んだ結果でしょうから、日本の功績と言えないことはありません。

にもかかわらず、相当の変わり者を除けば、現在朝鮮、中国で日本の統治を感謝する人はいないでしょう。差別に対する不快な感情もありますが、投資も、治安も日本が自分のために行ったことで、現地人の幸せのためではなかったという本音を知っているからです。

算盤上では、日本の朝鮮、台湾支配は経済的にはマイナスです。ロシアの脅威が眼前に迫っていた、明治初めの朝鮮併合、日清、日露戦争のころならいざしらず、日本の地位が安定した後は、朝鮮、台湾を支配することは経済的にも、政治的にも良いことは何もなかったのです。

だからと言って、日本人が慈愛と寛容の精神で朝鮮、台湾を支配していたと考えるのは、よく言って独りよがり、普通に考えれば、事実の歪曲に基づく自己弁護です。とにもかくにも、日本の支配は決してありがたがられてなどいなかったからです。

善悪の観点でなく考えても、戦前の日本は領土を拡張して国力を強くしようとしたことは疑う余地がありません。拡大した領土の中には複数の民族がいて、日本人が権力を握っている。これは帝国主義そのものです。

帝国主義は現代でも、中国、ロシアに見られます。少数民族を抱えるという点では、多くの国で大なり小なり帝国主義的な政策が取られているのも事実です。しかし、第2次世界大戦の後、ヨーロッパ諸国の帝国主義はほぼ完全に崩壊します。

帝国主義の崩壊は、田母神論文が言うように、アジアでは太平洋戦争によって早まったかもしれませんが、アフリカ諸国も大部分が戦後20年程度の間に独立します。帝国主義は大きな歴史の流れでは時代遅れのものでした。日本は遅れた帝国主義国家だったのです。

ついでに言うと、いまだに帝国主義を引きずっている中国、ロシアは、その維持のために大きな損失を蒙っています。チェチェン、チベットでロシア、中国が利益を得ているとはとても思えません。チベットなどは中国は莫大な投資を続けてしかも、相変わらず嫌われています。

中国人の多くはチベット人のために努力しているのにと、チベットの独立運動を批判しますが、帝国主義は支配される側は損得を超えて反発するものです。戦前の日本も同じことだったのですが、田母神はそのような観点はまるでありません。

主張:第二次大戦はアメリカが日本を策謀で追い込んだ結果だ

この主張はどうでしょうか。イラク戦争の経緯を見れば、アメリカという国がいったん目をつけた国と戦うために、何でもする可能性がある、というのは確かです。

当時のルーズベルト大統領がイギリスを助けるために参戦したいと思っていたというのは、歴史的にも事実ですし、そのために日本を利用しようと考えたというのも、推定として正しいと思われます。

しかし、アメリカのイラクは大量破壊兵器を開発していたという言い分が、嘘っぱちであっても、フセインが立派な統治者であったとは言えないのと同じで、アメリカが日本を戦争に引っ張り込もうとしていたとしても、日本が侵略主義的な国でなかったということにはなりません。

同様に、

主張:日本は東京裁判のマインドコントロールに惑わされている

というのも、日本の正当性の証明にはなりません。東京裁判の法的な不安定さ、事後法で裁いた、勝者が自分の論理で敗者を罰したというところは事実ですが、だから日本が裁かれるようなことはしていないとは言えません。

田母神は全体として「相手の間違い、悪いところが指摘できれば、自動的に日本の正当性が証明できる」という論理展開をしていますが、もちろんそんなことはありません。

東京裁判が善玉悪玉論で日本を裁いたとしても、「日本は良い国だったと言って悪いのか」という田母神の発言を聞くと、結局同じような善玉悪玉論で物事を考えているように思われます。それもまた、何か別のマインドコントロールに惑わされているように見えます。

自衛官に言論の自由があるのか

田母神論文を擁護する立場で、「言論の自由はとにもかくにも認められるべきだ」という意見があります。これはとんでもない考えと言わざるえません。

まず、自衛隊員がすべて自由に、何でも政治的な発言が許されているという事実はないと考えられます。 たとえば、「自衛隊は憲法違反だ。集団的自衛権の行使や、海外派兵など許されることではない」と、一般の自衛官が今回のような論文提出、ネットなどで公にしたら、そのまま自衛官を続けることはできないでしょう。もし、一定の政治的立場は許されて、別の主張は許されないとすれば、言論の自由などもともとなかったということになります。

そうでなくても、田母神の空幕長というのは、極めて重い立場です。政府見解に反したことを言うのは、閣僚と同じように本来許されませんし、軍人ということを考えるとさらに厳しい制限がつけられてしかるべきです。

軍隊というのは、国家の持つ究極の暴力装置です。自衛隊が千人も組織的に行動すれば、自衛隊自身以外で日本国を占拠することを防ぐことなどできません。明治維新を成立させたのがたった一万人の薩長軍だったことは思い出してもよいでしょう。

自衛隊の高官に政治的な発言を自由にすることなど許されません。国内外に与える影響を考えれば、今回の論文は警察官がピストらを触りながら「いつでもお前を殺せるぞ」と言うのと同じくらい危険です。警官なら殺しても数人ですが、自衛隊なら国家転覆も可能です。

甘い態度は許されない

戦前、思想性を帯びた軍人が、その思想を大っぴらに語り、かつ思想の実現に行動したことを忘れてはいけません。5.15事件、2.26事件、そして関東軍が暴走した満州事変は、皆その結果です。

戦後自衛隊は、非常に模範的な軍隊でした。自衛隊は紳士の集団と言ってもよいほどですし、もちろん政治的に口出しをすることなどありませんでした。むしろ、揚げ足取り的な反自衛隊的主張の方が国際社会の現実とずれたものの方が多かったと思います。

しかし、田母神論文は一挙に自衛隊を戦前の関東軍的な危ない存在と思わせるものにしてしまいました。田母神一人が例外ではなく、田母神と同じように数十人の航空自衛隊員が論文提出を行ったという事実は、背筋を凍らせるものがあります。

こんなことを許してはいけません。どんなに自衛隊が戦前の日本軍と違って見えようと、素手では決して対抗できない圧倒的な武力を持った二十万人の集団だということに違いはありません。危機は思ったより深く広く進行しているようです。
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誰がダイアナを殺したか
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パリの自動車事故

その夜のダイアナは、いつもより落着きがないように見えました。あるいはそれは、見えない何かに脅えていたからなのかもしれません。しかし、そんなことは意に介さず、男たちは急かす様に、ダイアナ・フランシス・スペンサー、元イギリス皇太子妃にして、公式にはプリンセス・オブ・ウェールズと呼ばれる彼女を、リッツホテルの裏口に導いていきました。

1997年8月のパリ、時計の針は12時を20分ほど回り、日付は31日になっていました。前の日の夜、レストラン、シェ・ベノアで予定していたディナーは、ダイアナの写真で一儲けしようと企むカメラマン、パパラッチたちに追い掛け回され台無しになり、あきらめなければいけませんでした。

疲れ果てたダイアナは、ボーイフレンドのエジプト人、ドディ・アルファイドとともに9時過ぎに、ドディの父、モハメド・アルファイドの所有する、リッツホテルに移動しました。そこでしばらく休みを取った後、ドディのアパートメントに帰ることにしたのです。ドディのアパートメントはダイアナのパリでの宿泊先でした。ダイアナはその年は7月、8月の多くの時間をドディと過ごしていました。

リッツホテルの外には、ホテルが借りていた黒塗りのベンツS280が停められていました。車に乗り込んだのは4名。運転席にはリッツホテルの警備責任者のアンリ・ポール。アンリは死後の分析で血中アルコール濃度が0.18-0.2%と、この時かなり酔っていたことが分かっています。助手席にはドディのボディーガードのイギリス人、トレバー・リージョーンズ、後ろの席には、ドディとダイアナが座りました。4人ともシートベルトは付けていませんでした。

ひっそりとリッツホテルの裏側から走り出たベンツを、パパラッチは見逃しませんでした。たちまち、車の後には何台かのパパラッチの車両に追われることになります。運転手のアンリは彼らを振り払おうと、コンコルド広場から、セーヌ川の堤防沿いの通りへとベンツを猛スピードで走らせました。そして、セーヌ川に沿ったアルマの地下トンネルを通り抜けようとしたとき、ベンツは突然方向を乱して、トンネルの13番目のコンクリートの柱に激突しました。

事故の前後については様々な目撃情報があります。激突前に白いフィアットウーノとベンツが接触し、ベンツが運転を誤ったというもの、また、前方で白い閃光が目を眩ますように光ったという証言もありました。

いずれにせよ、100キロ以上の速度と推定される走行中の衝突事故は致命的でした。運転をしていたアンリと後席のドディはほぼ即死の状態でした。しかし、助手席のトレバー・リージョーンズは重傷を負いながらも生き延びます。

ダイアナは救急隊が来た時にはまだ生きていました。ダイアナは救急隊員に、呻きながら何か「My God」と聞こえるような(救急隊員はフランス人)言葉をもらしましたが、明確な意識はありませんでした。ダイアナは病院に搬送されましたが、頭部に深刻なダメージがあり、31日の早朝、4時過ぎには死亡が発表されました。36歳の誕生日を迎えて2月足らず、イギリス皇太子、チャールズと正式に離婚が成立してから、ちょうど一年が経っていました。
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陰謀説

ダイアナの死は大きな衝撃をもって世界中に伝えられました。世界でもっとも注目を浴び、もっともスキャンダラスな女性。類まれな美貌と、スーパーモデルのような着こなし。パパラッチたちには単に写真に一番高い値段が付く被写体だったかもしれませんが、不幸な結婚生活への同情もあり、多くの人々はダイアナを愛していました。

しかし、イギリス王室にはダイアナが死んだことは好都合以外の何者でもないように思えました。ダイアナの不幸は結婚当初から夫のチャールズ皇太子に愛人、カミラ・ボウルズがいたことでしたが、それは国民の税金で養われている王族が、その金で不道徳な情事を楽しんでいたということです。ダイアナの受けた屈辱を、多くのイギリス国民、そして世界の人々は自分の物のように感じていました。

そのダイアナのボーイフレンドのドディは植民地だったエジプト出身の、それもあろうことかイスラム教徒です。このままダイアナがドディと結婚すると、ダイアナの二人の息子、チャールズが王に即位した後、王位継承順位が1位と2位になるヘンリー王子、ウィリアム王子は、イスラム教徒と異父兄弟を持つことになるかもしれません。

その可能性はすでに実現されてしまっているのはないかという噂も流れていました。7月に息子たちと過ごしたヴァケーションで盗み撮りされたヒョウ柄の水着姿が、ダイアナの妊娠の兆候を示しているというのです。さらに妊娠の噂を裏付けたのは、ドディの父、モハメド・アルファドです。モハメドはダイアナはドディとの婚約と妊娠を近々発表する予定だったと主張しました。

モハメドはダイアナと息子のドディはイギリスの陰謀で殺されたと言い続けます。モハメドは、ダイアナを疎ましく思ったイギリス王室が、秘密情報機関MI6を使って、自動車事故を装った暗殺を実行したと繰り返しました。

陰謀説を言い立てたのはモハメドばかりではありません。多くのメディアがダイアナの死にまつわる、数えきれない不審な点を報道しました。報道には、ダイアナ自身がイギリス王室に自動車事故で殺されるとの恐れを語っていたというものもありました。

一般的に言えば、国家機関が暗殺を企て、実行するというのは決して珍しいことではありません。北朝鮮は1983年、ビルマ(ミャンマー)を訪問中だった全斗煥韓国大統領の爆弾による暗殺を謀りました。全斗煥は難を逃れたものの、韓国、ビルマの閣僚を含む21名が殺されました。しかし、北朝鮮は強く疑われながらも、関与を否定しました。

北朝鮮はさらに、1987年大韓航空機を爆破させ、115人を殺害しました。この事件は日本人を装った男女二人の北朝鮮工作員の一方の女性工作員、金賢姫が自殺に失敗して拘束され、北朝鮮の暗殺計画が明らかになりました。

2006年には元ロシアの秘密諜報部員リトビネンコが極めて入手の難しい放射性物質ポロニウムで暗殺され、英国政府がロシア政府の関与を非難する事態に発展しました。ロシアでは多数のジャーナリストが暗殺されており、ロシア政府が直接、間接に手を下していたと疑われています。

イスラエルは、イスラエルに対しテロ行為を行う組織の指導層、テロ実行者を執拗に暗殺しようとします。イスラエルは暗殺の実行を認めないことも多いのですが、実際は暗殺をほのめかすことで、イスラエル人に対するテロ実行を抑止しようとしています。

アメリカはCIAに海外での暗殺を認めるかどうか何度も議論がありましたが、現在は少なくとも公式には暗殺権限をCIAには与えていません。しかし、アルカイダ幹部などをロケットで攻撃するなど、実質的な暗殺行動は続けています。

イギリスでは007で有名なMI6(Military Intelligence 6)が海外での諜報活動を担当しています。007は映画では殺人許可を持っているとされていますが、イギリスが過去に政府が関与した暗殺、殺人を行ったことが全くないなどとは考えにくいでしょう。

政府機関は、計画的殺人を実行する人材も資金力もありますし、技術も申し分ないでしょう。国家が陰謀で殺人を行うと考えること自体は、陰謀に対するパラノイアなどではありません。
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パジェット報告書

陰謀論が根強く語られ続ける中、事故から6年以上が経過した2004年になって、ロンドン警視庁長官のスティーブンス卿をヘッドにした調査チーム、オペレーション・パジェット(Operation Paget)が編成されました。

陰謀論はモハメド・アルファイドが「暗殺はイギリス王室のフィリップ殿下(エリザベス女王の夫君)MI6を使って行った」と名指しで非難を行うなど、「フランスの事件」という建前を維持できないほどになっていたのです。

また、調査の背景の一つにはチャールズがカミラ・ボウルズと正式に結婚するために、イギリス王室がダイアナを暗殺したなどという陰謀論を払拭しておきたいということもあったでしょう。

調査は370万ポンド(約7億円)の費用と3年の時間をかけ、2006年12月に832ページおよぶ報告書Operation Paget Reportを明らかにします。報告書(以下パジェット報告書)では、様々な陰謀論の主張の内容や噂が一つ一つ丁寧に調査、分析され、多くは「根拠がない」「伝聞または単なる推定」などの判断がされていました。

調査では事故の様子のコンピューターシミュレーションを行うなど、高度な技術も使用されています。しかし、イギリス司法機関の調査であるため、フランスでの調査には限界があったことは、パジェット報告書でも認められています。

パジェット報告書では結論として、ダイアナの死は悲劇的だが普通の自動車事故によるもので、陰謀や諜報機関の関与は明らかにならなかったとしています。

制約はあるものの、相当な費用と時間を費やした調査も、モハメドを納得させることはできませんでした。モハメドは「パジェット報告書はダイアナの妊娠など重要なことを、きちんと調査していない。イギリス国民は莫大な税金を無駄に使われた」との意見を表明しています。

イギリスの警察による調査は、一つ一つの事実の検証を積み上げていく方法です。科学方法論では帰納的とよばれる、この方法は科学方法論としては基本であり、王道と言えます。

しかし、帰納的方法は欠陥もあります。「悪魔の証明」と言って、いくら悪魔のいないという事実を積み上げても「悪魔がどこにも存在しない」という証明にはならないのです。

まして、MI6と警察は組織が違うとは言っても同じイギリスの政府機関であることは間違いありません。疑り深く「調査自身が出来レースだった」と主張されると完全な反論は難しいということがあります。

また、例え「出来レース」ではなかったとしても、犯人が調査範囲を超えたところで、暗殺の計画実行を行ったということはあり得ないのでしょうか。詳細なパジェット報告書が出た後も、すっきりと「そうか事故だったのか」と思ってくれる人ばかりではありませんでした。

陰謀論を演繹的に検証すると

科学方法論には帰納的方法ともう一つ演繹的方法があります。帰納的方法が事実を一つ一つ積み上げるのに対し、演繹的方法は仮説を設けて、事実がそれに適合するかを検証していきます。演繹的方法と帰納的方法は車の両輪のようなものです。

演繹的方法は仮説を証明または否定できる事実が確認できれば良いので、帰納的方法と違って、際限なく事実の検証が続くということはありません。しかし、演繹的方法は往々にして、仮説に適合する事実だけを都合よく摘み上げるという危険があります。

ある意味、陰謀論自身が演繹的方法を使っているとも言えます。「陰謀があった」という仮説の下で、陰謀の証拠と思えるようなものを選び出しているのです。「白いフィアットウーノがベンツと接触した」という事実(完全には確認されていないが)を「暗殺者が意図的に接触させ、ベンツの運転を誤らせようとした」証拠と考えるのです。

しかし、演繹的方法は別の使い方もあります。「仮説が正しいとして、適合しない事実はないか」というものです。つまり、「陰謀があったとして、それを否定するような事実はないか」と考えるのです。もし、明確に陰謀を否定するような事実があれば、陰謀はなかったことになります。

ここで、MI6あるいは、それ以外の高い殺人実行力を持つ組織の殺害計画担当になったと考えて見ましょう。組織人として殺害計画を練るのです。綿密に殺害計画を練るとき、考えなくてはいけないのは、確実に殺害できることと、自分たちが殺害の犯人として特定されることがないことの二点です。

確実に殺害できることの重要性は明らかでしょう。何度も失敗すれば相手の警戒も高まりますし、実行者が捕捉されてしまう危険も高くなってしまいます。殺害の実行はリスクを伴うし、コストも大きいので、失敗する確率の高い手段は使わないのが当然です。

犯人として特定されないことは、それ以上に重要です。暗殺は内外から非難を浴びることが多いのはもちろんですし、適切な司法手続きを経ていない暗殺は、ただの殺人です。国外での暗殺実行は他国の司法権を侵す敵対行為とみなされても仕方ありません。

ただし、殺害の実行者であることを事実上明らかにする場合もあります。ロシアが元諜報部員リトビネンコを、わざわざ入手の難しいポロニウムで暗殺したのは、「ロシア政府の関与」を明瞭示すことで、ロシアからの亡命者たちが反ロシア的活動を行うことに脅しをかけたのでしょう。しかし、このときも、公式にはロシア政府は関与を否定しています。

さて、ダイアナの死についての陰謀説はおおむね以下のような構成になっています。

1) イギリス王室はエジプト人のボーイフレンドの子を宿したダイアナを殺害する決心をし、MI6に実行を命じた
2) ダイアナの乗車したベンツを運転したアンリ・ポールはアルコールを飲まされ(薬物を服用させられたという説もある)、正常な運転が出来なかった(アンリが諜報機関と関係していたという説もある)
3) ベンツはパパラッチを装った、暗殺団によりアルマ・トンネル方向に誘導させられた
4) ベンツに待ち伏せた白いフィアット ウーノが接触して酩酊したアンリの運転を誤らせた

このように並べてみると1)のダイアナ妊娠説(パジェット報告書では確認できなかったとした)を除き、とてもまともな殺害計画には思えません。

まず、自動車事故を装って殺害することに大きな無理があります。自動車事故はたとえ高速で発生しても、確実に乗員全員が死ぬという確率は高くありません。現に、トレバー・リージョーンズは重傷を負いますが、助かっています。

ダイアナの乗車している車は4人ともシートベルトをしていませんでしたが、シートベルトをしていれば生存率はさらに高まったでしょう。無謀な運転に恐怖を感じたダイアナがシートベルトをしたら、あるいはドディがシートベルト着用を勧めていたら、事態は全く異なったものになったかもしれません。その可能性は必ずしも小さいとは思えません。

自動車に乗っている要人を殺害しようとするとき、組織は多くの場合爆弾を使います。国家機関ではありませんが、イタリアのマフィアが裁判官を殺害した例では、通行した橋に800キロの爆薬を仕掛け、橋ごと車を爆破しています。

アメリカやイスラエルが車を攻撃するときは、ヘリコプターや無人飛行機からロケット弾を打ちこみます。台所のゴキブリを殺すのに、冷蔵庫を投げつけるような乱暴さを感じますが、これなら確実に殺害できます(ただし標的が乗車していればです)。

ただでさえ、自動車事故で殺害できる確率は高くないのに、事故を起すこともそれほど簡単ではありません。ベンツが白のフィアットウーノに接触されて運転を誤ったという説が根強いのですが、少々接触されたくらいで、確実にコンクリートの柱に衝突させることができるとは思えません。少なくとも確実性のある計画ではありません。

衝突の確率をあげるために、運転手のアンリに酒を飲ましておいたという説も、納得しがたいものがあります。アンリの血中アルコール濃度はフランスの酒酔い運転基準の3倍程度だったようですが、ビデオを見ても普通に動き回っています。

運転はできるが、車の接触で運転を確実に誤る程度に酒を飲ませるというのは、やり口としては綱渡り過ぎます。白のフィアットウーノと並んで陰謀説の証拠となっている白い閃光(パパラッチのフラッシュとの説もあるが確認されていません)も、それで確実にコンクリートの柱の方にハンドルを切らせるものではありません。

要は、組織人が綿密に立てた殺害計画にしてはダイアナの事故死はあまりに、不確実な要素が多すぎるのです。アンリの飲酒、パパラッチの追跡あるいは他の車との接触など、色々な要素が実際に関係したとしても、計画遂行を確実にできるものは一つもありません。

しかも、実際に計画を実行するとなると、アンリに酒を飲ませる、ベンツを事故現場に追い込むようにパパラッチを配置する、フィアットウーノに待ち伏せをさせるなど、関係者は10名を楽に越えそうです。国民的人気のあるダイアナを暗殺するのに、秘密を厳格に守る人間を集めるにしては人数が多すぎます。

殺害の発生までは、参加者にダイアナ殺害計画の一部を担当しているということを隠すことができても、その後はそうはいきません。口外しないように殺してしまうには人数が多すぎますし、口止めするには金が随分かかります。このような秘密の活動は無限に予算があるわけではありません。

どうせ、予算を沢山使うのなら、もっと確実な方法を考えるでしょう。たとえば、ダイアナがドディのヨットに滞在しているとき、ヨットごと沈めてしまったらどうでしょう。これなら、少ない人数で確実に殺害することができます。そのようなチャンスはダイアナが死ぬほんの一月前にはあったのです。

諜報組織とのつながりなど、暗殺への関与を噂された関係者も、アンリ・ポールはリッツホテルの従業員ですし、トレバー・リージョーンズも普通のボディーガードで、諜報機関との関係は噂されたものの、確認されていません。組織的暗殺なら、実行犯はアンリやトレバーのようには顔が明らかになっていない人物を使うでしょう。

一度顔が出てしまうと、後から買収したり、殺害するのも難しくなります。自動車事故で皆殺しにするつもりだったとすると、ダイアナ暗殺以上に失敗の許されない計画になります。失敗の絶対許されない計画にしては、シナリオはずさん過ぎます。


やはり事故だった

それでも、陰謀説を完全に払拭することはできないでしょう。それは「悪魔の証明」です。しかし、組織的な陰謀による暗殺と考えると、計画した人間はよほど愚かだったということになってしまいます。

実際には、イギリス王室がMI6を使って暗殺計画を実行すると言うこと自身、妄想の産物です。イギリスのような、政権交代がたびたび行われる民主主義の国家で、国民の大多数を決定的に敵に回してしまうような暗殺計画を実行することは、ありえないと断言してよいでしょう。

暗殺を簡単に実行できるのは北朝鮮のような独裁国家や、ロシアのような支配者の機密を守る殺し屋集団を持っている国だけです。民主主義国家では意思決定プロセスはもっと複雑ですし、イスラエルのように相手を暗殺しても国民を守るということのコンセンサスがなければ、暗殺などできません。

組織による陰謀ではないとしたら、個人的な狂気、信念に基づく暗殺はどうでしょう。このような場合は、多数が参加するような暗殺計画を実行することはもともとありません。道具は普通、銃か、自爆テロになります。

組織の陰謀による暗殺でもなく、個人の仕業でもなければ、ダイアナの死は不幸な交通事故によるものと結論付けるのが妥当です。シャーロック・ホームズの言うように「全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」のです。


フリーメイソン
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東京メソニックビル

フリーメイソン日本グランド・ロッジ

渋谷から霞ヶ関に向かう高速道路の下を通る六本木通りは、六本木交差点で環状3号線、通称外堀東通りと交差しています。その外堀東通りを東京タワーに向い、飯倉片町交差点を抜けると、町の様子は六本木の喧騒とは打って変わって落ち着いてきます。

左手に、外国の賓客を接待するための瀟洒な外務省飯倉公館、後の電電公社、NTTとなる逓信省通信院のあった古風なビル。右手のロシア大使館を通り過ぎて、飯倉の交差点に来ると、東京タワーが目の前にそびえています。

飯倉交差点の右前方に、そのあたりでは比較的大型の部類に入る、白い二つのビル、メソニック38MTビル、メソニック39MTビルが目に入ります。日本におけるフリーメイソンの本拠地、日本グランド・ロッジはこの二つのビルに挟まれた東京メソニックビルの中にあります。

英語で「自由な石工」を意味するフリーメイソン(英語ではFreemasonry。Freemasonは個々の会員を意味しますが、ここでは日本での普通に使われているように「団体」も示すことにします)は、諸説はあるものの、16世紀ごろイギリスの石工のギルド(イギリスは都市国家ではないのでギルドなどなかったという人もいるのですが、いずれにせよ職能団体には違いありません)を母体にしたと言われる、一種の親睦団体です。
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フリーメイソンのシンボルには石工の集まりを象徴するコンパスと直角定規、それにGodとGeometry、神と幾何学を意味するGを配しています。このマークは東京メソニックビルの前にも置かれています。

実際の出発点はともかく、フリーメイソンは石工の組織を借りて、主として社会的な影響力のある人々の間で、仲間内の相互扶助や、交流を行う団体として拡大を続け、1717年にはロンドンに本部としてのグランドロッジが設立されます。フリーメイソンが歴史の中ではっきりした形を現したのは、このころのことです。

現在世界中でフリーメイソンには500万人の会員がいると言われ、そのうち1割50万人はイギリス人ですが、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国にも多くの会員がいます。なかでも、アメリカには200万人におよぶ会員がいて、もっとも多数を占めています。アメリカでは、初代のジョージ・ワシントンを初めとして、最近ではジェラルド・フォードにいたる15人の大統領がフリーメーソンです。

フリーメイソンの集まりはロッジと呼ばれる集会場で行われます。多くの場合、国ごとにその国を代表するグランド・ロッジが置かれ、その国のロッジはグランド・ロッジの下部組織になります。日本では日本グランド・ロッジの下に17のロッジがあります。

日本では、フリーメイソンがある種の秘密結社的な性質を持つ団体だったため、戦前は活動を行うことはできませんでした。戦後はGHQ総司令官のマッカーサーを始め多数の軍人がフリーメイソンだったこともあり、積極的な設立活動が行われました。そのころのフリーメイソンの会員としては首相にもなった鳩山一郎がいます。

日本グランド・ロッジは、戦前は海軍OBの団体だった水交社の跡地にありますが、現在はフリーメイソン(正確には財団法人の東京メソニック教会)が所有権を持っており、東京メソニックビルを取り囲む形になっている、メソニックMT38、39ビルも所有しています(森トラストが信託契約でテナントの募集や家賃の徴収を行っている)。

日本には2,000人程度のフリーメイソンの会員がいると言われていますが、その大半は米軍関係者のようです。アメリカとは違って、日本でのフリーメイソンの存在は大きなものではありません。

フリーメイソンは陰謀組織?

フリーメイソンに対する一般の日本人の受け止め方は、それほど好意的なものではありません。オカルト教団のようなものと思われたり、はては世界征服を企む大陰謀組織というものまであります。オウム真理教は教祖の松本智津夫が逮捕されるまで、「ユダヤと結託したフリーメイソン」の陰謀を説きつづけました。

実際のフリーメイソンは、どう見ても世界征服を狙う陰謀組織ではありません。アメリカでは大統領をはじめ、ケンタッキーフライドチキンの創立者のカーネル・サンダースやゴルフのアーノルド・パーマーなど有名人に多数のフリーメイソンの会員がいますが、別に秘密などではなく一般に広く知られた事実です(例えばNNDBを参照してください)。

フリーメイソンが陰謀組織めくのは、入会の儀式や、会員同士がお互いを認識するための特異なサイン(握手の仕方など)など様々なことが秘密とされているからです。

しかし、入会の儀式などは言ってみれば任侠の義兄弟の契りや、結婚式の三々九度のようなものです。傍から見れば奇妙ではあっても、儀式をすることで会員になった意識を高めるものに過ぎないでしょう。

入会の儀式にしろ、秘密のサインにしろ、見方によってはいい大人が、少年探偵団ごっこをしているようにも見えます。子供のころ何か仲間内で合図を決めて遊んだ人は多いのではないでしょうか。

日本人は会員制のクラブそのものになじみがないということも、フリーメイソンを一層怪しげなものと思わせる理由になっているかもしれません。日本では町内会のような地域の集会、同窓会、医師会のような特定に組織、職業の集団、あるいは句会のような共通の趣味仲間のもの以外、純然たるクラブのためのクラブというものは、ほとんど存在しません。

これに対し、イギリスやアメリカでは、伝統的には一人前の紳士や紳士の予備軍は何らかのクラブに属することがむしろ当然とされてきました。ハーバードやエールのような一流大学を卒業しても、その中で名門クラブに所属しなくては、ほとんど卒業したというだけだと言われるくらいです。

とは言っても、一般のクラブと違って、フリーメイソンが国際的に大きな広がりを持つようになったのはなぜなのでしょう。友愛を標榜するだけで、500万人の組織が作れるものでしょうか。秘密めかした儀式や、子供っぽいサインの交換が仲間意識をそれほど高めるものなのでしょうか。

先進的だったフリーメイソンの思想

フリーメイソンは「寛容」「友愛」などともに自由意思を信条としています。フリーメイソンが歴史に登場した18世紀は、イギリスが産業革命を起こし世界帝国を築き始めた時でした。

最初のグランドロッジが創設された1717年は、「公権力に対して個人の優位」を主張し、後のフランス革命、アメリカ独立に大きな思想的影響を与えた、イギリス人の哲学者ジョン・ロックの没後13年にあたります。

フリーメイソンの信条は、当時ほとんど過激とも見えた先進思想であった、ロックにもつながるものです。アメリカで初代大統領のワシントンや独立戦争の立役者のフランクリンらがフリーメイソンであったのは偶然ではないでしょう。 

初期のフリーメイソンは進歩的な思想の持ち主である紳士たちが、支配階級であった王族、貴族への不満を抱きながら、広がりつつあった世界での冒険を語る場として成長したのではないでしょうか。冒険こそイギリスの紳士階級が最も愛するものの一つです。

冒険心を持った大人たちには、奇妙な儀式や、合図の暗号、33もある複雑な階級などが、一種の遊び道具としては楽しいものだったのでしょう。クラブの文化があり、世界に雄飛する冒険に充ち溢れ、絶対王制から距離を置いたイギリスこそフリーメイソンの苗床として最適だったはずです。

フリーメイソンがヨーロッパに渡ってからも、ゲーテやモーツアルトのような文化人をフリーメイソンは惹きつけます。かれらは、貴族ではなく新時代を作る側の人々でした。

しかし、フリーメイソンの自由思想や、会員同士の信頼と結びつき、そして秘密主義は敵対する考えの持ち主からは危険な存在に見えたのかもしれません。また、フリーメイソン自身が会員同士結びつきから、自然発生的にある種の政治的な目的を帯びた行動の起点になることもあったかもしれません。

あるいは、終戦直後の日本のように、支配者側がフリーメイソンを作ってしまったような場合(イギリスの植民地では、ほとんど現地人の入会を認めませんでした)、支配者がフリーメイソンを道具に支配を強めようと勘繰られることもあったでしょう。

ナチス時代のフリーメイソンとユダヤ人

フリーメイソンに対し、歴史上もっとも激しい攻撃を加えたのはナチスドイツです。ヒットラーは演説の中で「ユダヤ人とフリーメイソンに操られたアメリカやイギリス」を非難するのが常でした。

ナチスがフリーメイソンを陰謀組織呼ばわりするのは、理由がなかったわけではありません。一つにはアメリカの正副大統領。ルーズベルトとトルーマンは、ともにフリーメイソンだということがありました。そして、ヨーロッパではビジネスの場で成功をおさめた多くのユダヤ人がフリーメイソンに入会していました。

最初の頃、フリーメイソンはユダヤ人の入会を拒んでいます。しかし、ユダヤ人の入会が認められると、フリーメイソンの持つ、友愛や自由主義、仲間意識の強さと秘密主義は、差別的な立場にあったユダヤ人にとって、大変魅力的な存在だったでしょう。300万人以上のユダヤ人がホロコーストで殺されたポーランドでは、フリーメーソンの会員の7割がユダヤ人だったと言われています。

日本でフリーメイソンを陰謀組織呼ばわりする人々は、概ねこのころのナチスの主張を借りています。オウム真理教もそうでした。これらの陰謀論の多くはご丁寧に、とっくに偽書と断定された「シオンの議定書」をユダヤ、フリーメイソン世界征服計画論の根拠を置いています。

シオンの議定書はヒットラーが「歴史的な正しさより。事実としての真実性が大切だ」と言って、なかば偽物だと認めたような代物です。それでも、ナチスはシオンの議定書も証拠の一つに、600万人のユダヤ人をホロコーストで殺しました。ナチスに殺害されたフリーメイソンは10万人にもおよんだと言われています。

今では天然記念物?

日本のフリーメイソンは会員数2,000人で、年会費4-5千円と言われています。これでは、年間収入が1千万円にもならないのですが、日本のフリーメイソンを法人格として代表する、財団法人の東京メソニック協会の年間収入は10億円近くあります。

これは主に森トラストに信託している不動産の収入と思われますが、その不動産は終戦時に敗戦国の海軍OBの所有物を破格の安値でなかば召し上げたものです。GHQでのフリーメイソンの力を示すものでもあるでしょうが、今はあまり使い道もなく、多額の剰余金を毎年積み立てています。

活動が活発だったアメリカでも、フリーメイソンの大統領はジェラルド・フォード以来いません。ハリウッドスターのフリーメイソンも日本人が聞き覚えのあるのはクラーク・ゲーブルのような故人がほとんどです。

世界で500万人とも言われた会員数は、今は300万人程度に減少してきているようです。アメリカの独立戦争のころの先進思想も、現代では、「冒険心」を掻き立てるような新しさはありません。今のフリーメイソンは複雑怪奇な儀式、階級などを制度を保っているものの、老人たちばかりが会員の天然記念物的な組織になっているようです。

それでも、今の世界がフリーメイソンの寛容、自由、博愛のような思想を古ぼけていると言える国ばかりでないのは事実です。北朝鮮の例を引くまでもなく、多くの国ではフリーメイソンの思想は、フリーメイソンのできたころのヨーロッパがそうだったように、危険思想かよく言っても贅沢品なのです。

まして、フリーメイソンの秘密主義を認める国が世界の多数派とはとても思えません。最初に書いたように、戦前の日本でもフリーメイソンは秘密結社として、設立は認められていなかったのです。

フリーメイソンが普及するまでもなく、フリーメイソンを「古ぼけている」と言える日本は幸せと言ってもよいかもしれません。しかし、それにしても「フリーメイソン、ユダヤ結託陰謀論」がいまだ大手を振って歩くのは、いかに日本になじみのない話とは言え、あまりほめられたものではないでしょう。

陰謀論も結構ですが、本当の陰謀はフリーメイソンのような子供っぽいものではありません。フリーメイソンのような悪く言えば、ただの古ぼけた老人クラブを陰謀組織呼ばわりするのは、それこそ何かの陰謀なのでしょうか。

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