ビジネスのための雑学知ったかぶり
ビジネスでも雑学は重要! 知っていると少しは役に立ったり、薀蓄を自慢できる話題をご紹介
プロフィール

RealWave

Author:RealWave
Twitterアカウントはrealwavebabaです。

馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

ご連絡はrealwaveconsulting@yahoo.co.jpまで

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

お客様カウンター

Since 2009/10/21

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

テロリストと犯罪者の間
KimYong.jpg
拘束された金賢姫(自殺防止のために口をふさがれている)

大韓航空機爆破の実行犯として死刑判決を受けた(後に特赦)元北朝鮮工作員の金賢姫が来日し、日本側がVIP待遇をしたことがかなりの波紋を呼びました。

1987年11月17日バクダッドを飛び立ちソウルに向かった大韓航空858便の乗客のほとんどは、韓国人建設労働者でした。当時、アラブ諸国では建設労働者として多数の韓国人が働き、不足しがちであった外資を稼いでいました。また、建設労働者として韓国人を送り込むことが、韓国の建設会社が海外で受注を獲得する大きな強みとなっていました。

大韓航空858便はバクダッドから最初の着陸地のアブダビに降り立ちました。そしてアブダビを飛び立った後、858便は突如墜落します。犠牲者は乗客、乗員合わせて115名におよびました。

墜落原因に様々な憶測が飛び交う中、アブダビで降りた乗客中に、蜂谷真一、蜂谷真由美と名乗る不審な2名の日本人男女がいることが判ります。二人は拘束されますが、男は隙を見てカプセル入りの青酸カリで自殺してしまいます。女も自殺を図りますが失敗し逮捕されます。その後女は韓国に引き渡され取り調べを受け、最後は自分が北朝鮮の工作員、金賢姫であることを自白しました。

自供により、二人の北朝鮮工作員は大韓航空858便にトランジスターラジオ時限爆弾を仕掛け爆破したことが判ります。金賢姫は裁判を受け1990年3月に死刑判決が確定しますが、翌月に盧泰愚大統領は「事件の生き証人」として特赦を行いました。

特赦には韓国人遺族から強い抗議ありましたが、元北朝鮮工作員の金賢姫に北朝鮮への批判的な言動を行わせることの政治的効果は十分にあったと思われます。なお、北朝鮮は今日に至るまで一貫して、大航空機爆破に関与したことも金賢姫が北の工作員であったことも否定しています。

金賢姫が日本にとって大きな意味を持ったのは、金賢姫が日本人になりすますために、李恩恵という朝鮮名をもつ日本人の教育係がいたと語ったことです。彼女の証言から李恩恵が行方不明だった田口八重子さんにほぼ間違いないことが判明したのです。

それまで、北朝鮮による日本人拉致問題を日本政府は熱心に取り上げていませんでした。色々な疑惑はあったものの拉致の事実の決定的証拠がなく、政治の場で取り上げることに外務省も政府も及び腰だったのです。

金賢姫の証言をきっかけに横田めぐみさんを始め多くの日本人が北朝鮮による拉致の可能性が高い認定されることになります。金賢姫が拉致問題を日の当たる場に出すことに大きな役割を果たしたことは間違いありません。

しかし、今回の来日が拉致に関して何も新しい情報をもたらさないのは明白でしょう。金賢姫が拘束されてすでに20年以上が経過しています。金賢姫は「横田めぐみさんが自殺したとは考えられない」とも言っていますが、北朝鮮が横田めぐみさんが自殺したとしている1994年は金賢姫拘束の7年後です。

情報としてはあまり価値のない金賢姫の来日ですが政治的な意味は小さくありません。韓国が太陽政策を実行し北朝鮮との融和を進めた金大中、盧泰愚政権の時代は、大韓航空機爆破そのものが韓国情報部の陰謀だったと主張する意見まで出て、北朝鮮のテロ活動の象徴的存在だった金賢姫は不遇を強いられます。金賢姫の来日などは全く考えられない状況でした。

金賢姫の来日は韓国政府が日本の拉致問題に協力する姿勢の表れと考えられますが、これには韓国の哨戒艦が北朝鮮の魚雷に撃沈されたとみられる事件で日本が韓国への支援の姿勢を明確にしたことに対する見返りと言う意味もあるでしょう。北朝鮮からみれば日韓が結束して北朝鮮への非難の姿勢を強めていると感じるはずです。

日本政府にとっては金賢姫の来日は拉致問題に対する取り組みを目に見える形で示すことになります。日本では拉致問題解決にはマスコミも表向き常に前向きです。たとえ新情報への期待が全くなくても、拉致家族が金賢姫の肉声で拉致被害者の様子を聞いたり、励ましを受けるのを否定的には報道しません。

しかし、金賢姫は特赦を受けたとはいえ、100人以上を殺害したテロの実行犯です。情報のために来日してもらうのはともかく(これも法務大臣の許可が必要です)、「国賓並み」とまで言われる厚遇をするのは良いのでしょうか。

良い悪いを別にして日本人の多くが強い抵抗感を持ったということはなさそうです。金賢姫は北朝鮮で外交官という特権階級(父母は金賢姫の逮捕後収容所に送られた)の出身で品も良く、顔立ちも悪くありません(特赦を受けた後、結婚申し込みが殺到したくらいです)。これが見るからに目つきの鋭い殺し屋風の外見だったら世間の反応は随分違ったものになっていたでしょう。そもそも韓国でも特赦を得られなかったかもしれません。

もちろん外見が上品で優しそうで本人も反省しているからといって、大量殺人が許されることはありません。普通の大量殺人犯と金賢姫の違いは国家の命令を受けて行ったということです。爆破は国家の工作活動の一つで、国家による殺人という点では戦争と変わりません。

アメリカは主権国家による殺人や破壊活動はテロではないという立場のようです。アメリカは韓国の哨戒艦沈没が北朝鮮の魚雷攻撃によるものと断定された後も、北朝鮮をテロ支援国家とは認定しませんでした。アメリカの想定するテロとはアルカイダのような主権国家に属さない集団が行う破壊活動なのです。

確かに、主権国家による殺害、破壊活動は、北朝鮮だけでなくイスラエルのモサドやロシアのFSBが半ば公然と行っていることです。アメリカもCIAが暗殺を行わないとされているのは、議会や大統領が禁止しているからで、国家の権利として暗殺を否定しているわけではありません。

とは言っても、テロを支援するのはいけないが、テロを自分でするのは構わないというのは、すんなりと受け入れるのは難しい論理です。仮にそれを認めたとしても、主権をまだ持っていない独立運動の場合などはどう考えればよいのでしょうか。それは「勝てば官軍」で失敗すればテロリスト、成功すれば英雄ということなのでしょうか。確かに、アメリカ独立戦争が失敗していればジョージ・ワシントンは反逆者として処刑されていたでしょう。

韓国では初代の朝鮮総督(韓国統監)伊藤博文を暗殺した安重根は英雄ですが、日本人のほとんど(といっても安重根自身知られていませんが)ではテロリストとしか思わないでしょう。その伊藤博文も幕末は一種のテロリストとして活動していました。主権国家に属するかどうかでテロリストかどうかを決めるのは割り切り過ぎとも思えます。

主権国家による工作活動がテロでなければ、北朝鮮の拉致はテロではないことになります。拉致は残酷な行為ですが、飛行機爆破より残酷とも言えないでしょう。

今回の金賢姫の取り扱いが「罪を憎んで人を憎まず」とか「韓国でも恩赦を受けたのだから」とかいうのは理屈に合いません。普通は恩赦されようが、刑期を全うしようが一年以上の懲役刑を受ければ日本入国はできないのです。

結局、金賢姫のVIP待遇は拉致家族支援の一環としての政治ショーと理解するしかないでしょう。それでも拉致家族とにこやかに料理を作る映像を公開したり、遊覧飛行を大ぴらにするのは、韓国人遺族に対し慎みを欠いた態度だと思います。せめて裏でこっそりするくらいの配慮はすべきです。

まして国家公安委員長が「彼女は国を出ることでできなくて可哀そうなんだよ」というのはどうなっているのでしょう。可哀そうを理由に法を運用されてはたまりません。不法入国すれば親子を引き裂いても、親は強制送還されるのです。

拉致家族も喜んでいるし、20年以上昔の話だからもういいじゃないか、という気持ちは判ります。しかし、それらはあくまでも一般人の感情レベルの話であるべきです。テロと国家のような深刻な問題で原理原則を平気で捻じ曲げれば、いつか原理原則に復讐されるでしょう。「拉致はテロ」というなら他のテロにも厳しくなければなりません。そうでなければ拉致問題が真に国際的理解を得ることは難しいのではないでしょうか。

カーチス・ルメイの事

ここまで書いてカーチス・ルメイの事を思い出しました。ルメイはアメリカ空軍の将官で第二次世界大戦では日本爆撃の指揮を行いました。その爆撃指示は精緻なもので、東京などの大都市をメッシュで分割し、担当する爆撃機が低空からくまなく爆撃するように考えられていました。

ルメイは日本のような木造建築の多い都市に対する焼夷弾による焦土作戦の有効性をいち早く認識していました。焦土作戦の下東京、大阪では数万人以上の一般市民が焼き殺されました。

このような爆撃は戦争犯罪であることは明白です。実際、ルメイの下ので爆撃作戦の策定を行っていたマクナマラ(後の国防長官)は自伝の中で「この戦争が負けたらわれわれは戦争犯罪で裁判にかけられるな」と話していたと書いています。

ルメイの焦土作戦が戦闘行為ではなく戦争犯罪だったのことに議論の余地はないと思われます。そのルメイは1964年日本政府より勲一等旭日大綬章を受けます。航空自衛隊創設への貢献が認められたのです。

私は日本の軍人、政治家が裁かれた東京裁判を全否定しようとは思いません。日本側に裁かれなければならないような行為が多々あったことは事実です。また、戦勝国側の戦争犯罪を今さら裁くことは現実性を全く欠いていると思います。しかし、明白な戦争犯罪により数十万人の日本の一般市民を殺した指揮官を叙勲する必要などなかったはずです。

テロが犯罪になるかどうかは結局どちらが勝つかで決まります。「勝てば官軍」で最終的な勝利を得れば、テロも正当な戦闘行為になるのでしょう。しかし、一般市民の虐殺は主権国家であろうとテロ組織のものであろうと犯罪です。戦争犯罪者、それも自分達の同胞を殺した犯罪者を平気で叙勲するような無神経さは、日本人が戦争犯罪やテロに無神経だという証拠なのかもしれません。
スポンサーサイト

だからあなたは嫌われる: マーケティング戦略のない原発PR
原発の議論をしていると、原発推進派の言い分が原発のPR活動で十分には伝わっていないように感じられることがよくあります。 私自身は原発の将来性には懐疑的で50年以上の時間をかけて段階的に原発を廃止すべきだと考えていますが、逆に原発の即時全廃は現実的でもないし必要もないと思っています。ここでは個人的な原発に対する賛否ではなく電力会社を中心とした原発のPR活動についての問題をいくつか指摘したいと思います。


Iwaijima.jpg


祝島の原発反対運動

祝島と聞いてもあまり知らない人が多いでしょう。瀬戸内海の西の端、山口県に属するこの島は面積が千代田区の約7割の7.67平方キロ、漁業と農業を主として生計を立てている住民の数は五百人程度に過ぎません。

この祝島は、対岸の上関町四代田ノ浦に中国電力が建設を予定している上関原発に反対する住民が9割以上に達していると言われています。この反対運動には反原発派の運動家も参加し、住民と一緒に電力側の調査活動を妨害するなどかなりの広がりを見せています。

祝島の原発への反対運動とスウェーデンの再生可能エネルギーへの取り組みを対比させる形で、日本の原発政策への抗議を行う映画もできました。鎌仲ひとみ 監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」です。この映画は一般の映画館では上映されないので、なかなか観ることはできないのですが、映画の上映会を開催すること自身が上関原発への反対運動の一部になっています。

上関原発は経済的には地域経済に莫大な利益をもたらすと考えられます。原発施設への固定資産税や電源三法による交付金(上関原発の場合初年度合計で3百億円近くが見込まれます)、さらに原発が稼働を始めた後は多くの就業機会を提供します。過疎に悩む瀬戸内海の小島には本来であれば非常に魅力的な話のはずです。

実際、原発予定地のある山口県は上関原発に前向きで、中国電力に対しては用地造成のための公有水面埋立免許が県から与えられています。また、原発が建設される当の上関町も原発推進派が6割を占め優勢です(中国電力社員100名が町長選挙のために不正転居を行ったと書類送検されるような問題も起きていますが)。

上関原発への反対は絶滅危惧種であるカンムリウミスズメの生息地が近くにあるなどの自然保護や巨大な原発が景観を破壊するなどの理由もありますが、何と言っても最大の理由は原発ができることで放射能汚染や原発事故での被害の懸念があるからです。反対派は原発の予定地近くに活断層が新たに見つかったことも指摘しています。

祝島の反対運動は関係者の間では大きな注目を集めていますが、全国的にはほとんど無名に近いのは、成田闘争のように機動隊員が殺されたり、大規模な破壊が行われたりされていないからでしょう。

しかし、中国電力からすれば原発の建設がどんどん先延ばしにされたり、地域住民と鋭い対立を繰り返すのが良いはずはありません。また原発建設は地球温暖化対策として今後も計画されていますが、全てが祝島同様あるいはそれ以上の反対運動が起きることも予想されます。

原発推進派の考えでは原発は安全で地球温暖化を防ぐクリーンなエネルギーのはずです。しかし、政治的な動きとは関係なく地域住民や一般の人の多くが原発に対して不安、不信を持っていることは間違いありません。なぜ原発推進派のそのような考えが伝わらず、原発に対し強い反対運動が起きてしまうのでしょうか。

1.PRのターゲットは誰か

Genpatsuypron2.jpg

上の図は原発を日本国民がどう思っているかを調査したものです。原発を維持または推進していくことは8割近くの支持があり、即時廃止を求める意見は1.6%しかありません。反面積極的に推進するまで思っている人は1割以下で、日本国民の約半数は推進はしても慎重に行うことを求めています。

反面原発の危険に関して大半の人は不安に思っており、「安心だ」と言いきる人は6.1%です。原発の即時全廃を求める人ほどではありませんが、ごく少数派にとどまっています。

つまり日本国民は原発は必要で今後とも増強をすべきだとは考えているが、危険性については不安を持っていて、とても全面的に原発を信頼しきってはいないということになります。

原発に安全だと思い積極的に推進すべきだと思っている人に原発のPRをする必要はないでしょう。逆に原発に強く反対する人は何を言っても聞く耳を持たないでしょう。そのような人は反原発団体に属することも多く、理屈とは別に自分たちのコミュニティーの立場として原発に反対します。

したがって、原発のPRは積極的には原発に賛成することはなくても、原発の有用性は認めているが、原発の危険性には不安を持っている人達ということになります。

このような人は数も多く社会でも中核的な存在なので、この人たちが強い原発推進派にならないまでも一定の理解を原発に持ってくれれば原発推進派にとって大きな力になるでしょう。

さらに無関心だったり、小難しい話は苦手と言う人もいます。このような人もかなり数は多いのですが無関心派もいったん自分の住んでいる近くに原発ができるとなると一変する可能性があります。できれば原発の説明はそれほど高い教育を受けていない人でも理解し納得できることが大切です。

電力会社の原発のPR資料を読むと、どうも相手の立場や関心にきちんと答えていないのではないかと思えることが多々あります。また、子供向けの原発の資料は社会の勉強には良いかもしれませんが、子供に原発のPRをしても反対運動の抑制に役立つとはあまり思えません。「わかりやすい」ことと「子供向け」とは違います。

2.原発の利益ではなく危険への不安に焦点を当てる

100万錠に1つ致命的な毒性を持つ錠剤を飲むとしたら、いくら貰えば飲むでしょうか。金輪際飲まないという人も多いと思いますが、100万円くらい貰えば飲む人は結構いるかもしれません。これを確率論で考えると、100万円なら飲むと言う人は自分の命に100万円の100万倍たつまり1兆円の値段を付けていることになります。

命は一つしかありませんから、1兆円くらいの価値があると考えても不思議はないのかもしれませんが、同じ命の値段で向こう1週間絶対に自動車事故で死ぬことがないと保証してくれるならいくら支払うでしょうか。

1万円以上支払うと言う人は少ないでしょう。1千円でも嫌、1円も払わないという人も多いかもしれません。もちろん向こう1週間絶対に自動車事故で死なないことをどうやって保証するのかという至極まっとうな疑問はありますが、そこを無視すれば向こう1週間の間に交通事故で死ぬ確率は概ね100万分の1です。

同じ命の100万分の1の値段に何桁もの差がつくのは、人間は新たな危険性が付け加わることは、はすでに存在する危険よりずっと大きく感じるということです。これは従来の100%合理的な人間を前提とした経済学とは違った観点で経済を考える行動経済学の分野で比較的最近問題にされるようになった事実です。

経済学的に考えれば不合理な人間の反応も進化生物学から考えれば当たり前のことに思えます。人類の祖先たちは目の前に食べものがあっても危険を察知したら、危険と食べ物の確率的期待値の比較などはせず、とにかく危険から逃げ出すように進化してきました。危険に対する敏感さは人類のDNAに刻み込まれているのです。

原発のPRでは原子力発電の優れた点、温暖化ガスの抑制、資源確保と価格の安定性などが強調されます。しかし、原発の利益がいかに大きくても、危険性に対する理解を得られなければ、目の前の果物を放り出してライオンから逃げ出した先祖のように、原発が近隣に建設されることになれば強い反対にまわる可能性があります。

原発のPRはメリットに焦点を当てるのではなく、危険に対する認識を変えることを力点を置くべきでしょう。例えば次のような疑問があります。

(1) 原発は地震で大丈夫なのだろうか。地震で原発内で火災が発生したというような話を聞くが、大地震が起きたらどうなってしまうのだろうか
(2) 原発から放射性物質が大量に排出されているという話を聞くが本当なのだろうか。原発の周辺で奇形が多発したり化け物みたいな魚が取れたという話を聞くが本当なのだろうか
(3) 原発は大きな河くらいの温排水を出すと聞いた。そんなことをして環境は持つのだろうか
(4) 原発の寿命が終わった時、放射能の塊のような原発の残骸をどう処理するのだろうか。放射能は何万年も消えないと聞いたが、そんなものの管理ができるのだろうか
(5) メルトダウンが起きると大爆発で原発何十発分の放射能が撒き散らされるらしい。これは周辺住民にとってはこの世の終わりみたいなものではないだろうか
(6) プルトニウムは物凄く危険なものだと聞いた。そんなものを燃料にしたり廃棄したりするのは大丈夫なのだろうか。核兵器の材料になるらしいがテロで盗まれたらどうするのだろうか

このような疑問に適確に答えて納得感を持ってもらうのがまず必要です。もし答えなければ、反原発派が「原発は放射能垂れ流し放題」などという情報を吹き込むと知識のない人は信じるしかありません。そして人は一度信じたことを変えることは負けを認めることになるのでしたくないと思うものです。

3.再生可能エネルギーを敵視しない

原発推進派の人に再生可能得エネルギー、太陽光や風力による発電への期待を離すと、口を極めて再生可能エネルギーの問題点を指摘します。経済性がない、安定供給できない、そもそも電力として品質が劣るなどです。

そのような指摘をわざわざしなくても、再生可能エネルギーがなかなか普及しない、少なくとも自分の家が再生可能エネルギーの供給を受けることがない人は、それほど再生可能エネルギーを盲目的に信じていたりはしません。

再生可能エネルギーの悪口を言うのではなく、むしろ原発が再生可能エネルギーの普及を促進する、再生可能エネルギーと補完的な存在であることを強調した方がよいでしょう。できれば原発所内に太陽光発電や風力の施設を作って、所内の電力を賄うことをしても良いくらいです。

現在の再生可能エネルギーは原発の代替にはなりえません。それならば、再生可能エネルギーとの共存を強調することは原発にとってプラスになることは間違いありません。

4.システムとしての原発を理解してもらう

原発はシステム全体として事故が危険なメルトダウンが簡単にはつながらないように作られています。これは元は軍隊用語のdenfence in depth、縦深(じゅうしん)防御または深層防御と呼ばれる考え方です。

原発で事故を敵と考えると、敵が侵入しても深い陣地で順次敵の兵力を撃滅するように、何重にも安全策を講じることで、致命的なメルトダウンが起きないようにしています。逆に言えば事故は起きることはあるし、事故対策がいくつか失敗することはありうるわけです。

このような考え方はとても十分に理解されているとは思えません。結果的には「地震が起きて冷却装置が壊れたらもうお終いだ」といった話が広がってしまっていますし、柏崎刈羽原発が新潟沖地震に遭遇して火災が発生しただけで、「地震で原発が安全でないことが証明された」といった話になってしまいます。

また科学者、専門家と称する人たちが「ここには今まで知られていなかった活断層がある」と言うと、今までの安全対策全体が瓦解するような印象を与えてしまいます。

ただ安全だ、頑丈に作ってあると主張するだけでは「想定外の揺れがあったらどうする」と言われるだけです。どんな揺れにも絶対に壊れない建造物などありませんし、もし作るとしても莫大な費用がかかってしまいます。

原発は頑丈だから地震に強いのではありません。それもありますが、原発全体がシステムとして事故の影響を漸次吸収するように設計されているから安全なのです。

縦深防御は簡単ではありませんが、特別な高等教育を受けた人間でなければ理解できないようなものでもありません。原発がシステム全体の仕組みとしてどのように安全対策を行っているかの説明に「騙されてはいけません。原発は危険なのです」とばかり言う人は次第に説得力を失うでしょう。

5.どうやって伝えるか

一番の課題は原発のPRをするにしても、どうやって対象となる人に言いたいことを伝えるかでしょう。「原発は地球温暖化を防ぐクリーンエネルギーです」とテレビコマーシャルを流してメリットばかり強調してもあまり効果がないことは説明した通りです。

反原発の宣伝、たとえば「ミツバチの羽音と地球の回転」はドキュメンタリーという形で知的な雰囲気で反原発を訴えます。原発がなくなってどうするのかという問いかけにはスウェーデンが再生可能エネルギーの活用で電力料金を下げていると語りかけます。

実はスウェーデンの電力料金は別に日本と比べて安いわけではなく(電力料金は基本料、契約電力により差、使用量や時間帯による違いがあって比べるのが元々難しい)、電力のうち日本の25%を上回り40%が原発なのですが、本当のことをあまりちゃんと言っていないだけで嘘は言っていません。

これに対し原発を推進する電力会社は原発によるバラ色の未来をきれいなパンフレットにしたりするのですが、図柄がきれいだったり、口調が素人向けに簡単にすることで、かえって素人を誤魔化そうという印象すら与えかねません(本当は小中学生向けの原発の解説書は内容が相当高度でこれはこれで問題がある)。おまけに縦深防御のように一般人にとって本当に重要なことは書かれていません。

むしろホームページで原発の持つ危険や不安をどのように解決しているかをきっちりと解説するような方法の方が効果的でしょう。このようなことは今でも行っているのですが、電力会社どころか原発ごとにバラバラに説明されています。もっと練り上げたものを作って全体で共有する方が効果的です。

過去の事故の例やデーターの改竄のような事例もきちんと積極的に見やすい形で公開していくべきです。これも実際にはちゃんと行っているのですが、いかにもお役所的な文体で書かれたものも多く、統一もされていません。「電力会社には隠蔽体質がある」ということへの反論は必要以上にはっきりと判り易く情報公開を進めるしかありません。

原発にはマーケティング戦略が必要


原発の安全性は工学的な問題です。つまり技術的事実を積み上げていけば、本来は合意できる部分は多いはずです。ところが、現実は根拠の有無とは無関係に「原発は危険だ」はては「原発と核兵器は同じ穴のムジナだ」といった意見がまかり通ってしまっています。

菅首相は消費税の影響で民主とが負けたと言われたことを「説明不足だった」と釈明しました。本当は自民党も消費税上げをマニュフェストに掲げていましたし、比例区ではその自民党より5割近く多くの票を獲得しているので、事実認識自身が間違っていると思いますが、原発の方は明らかに「説明不足」です。

丁寧で粘り強い説明をするのではなく、札束で「説得」しようとしてもかえってうまくいきません。それはマーケティング戦略がないのに突撃営業で売り込もうというのと同じです。無理な営業は軋轢を生みます。

原発に必要なのは腕力営業ではなくマーケティング戦略です。マーケティング戦略は顧客を見極め、効率的に資源を配分します。それがなければいつまでも原発は嫌われ続けるでしょう。

混乱しか生まない無責任な仙石発言
sengoku.jpg
仙石官房長官

仙石官房長官が去る7月7日の記者会見で、1965年の日韓基本条約でで「完全かつ最終的に」解決されているとされる個人補償請求問題に言及し、「法的に正当性があるからといって、それだけですべて解決したといえるのかという問題がある」と語りました(産経新聞など)。

報道によると仙谷氏は「日韓基本条約を締結した当時の韓国が朴正煕大統領の軍政下にあったことを指摘し、「韓国国内の事柄としてわれわれは一切知らんということが言えるのかどうなのか」と強調。具体的に取り組む課題に関しては「メニューは相当数ある」として、在韓被爆者問題や、戦時中に旧日本軍人・軍属だった韓国出身者らの遺骨返還問題などを挙げた」と伝えられています。

これは相当問題のある発言と言ってよいでしょう。同じく報道によると仙石氏はこれに先立ち「日本外国特派員協会で講演し、日韓、日中間の戦後処理問題について問われた際に「1つずつ、あるいは全体的にも、改めてどこかで決着というか日本のポジションを明らかにすべきと思う」と発言した」とされています。

ただし、仙石氏は「「この問題は原理的に正しすぎれば、かえって逆の政治バネが働く。もう少し成熟しなければいけない。大胆な提起ができる状況にはないと私は判断している」とも述べ、幅広い国民的合意が必要だとの認識も示した」とされていて、簡単に結論が出る話ではないとは考えているようです。ただ逆に言えば粘り強く解決に向けて努力しようということとも受け取れます。

単純に考えれば国際関係で一度解決した問題を蒸し返してさらに賠償金を払うと言うのは日本の国益に反した行動です。大体相手の韓国も政府レベルで日韓基本条約を反故にして、あるいは貰ったものは既得権として、さらに個人補償をしろと正式には言っていません。

問題は日本が払う必要を相手国政府も認めていない金を払うというだけではありません。実行までには日本で相当激烈な反論が出ることが確実ですし、その中には「日本は朝鮮を植民地にして一方的に朝鮮人民の利益になることばかりしてきた。金をもらうのはこっちだ」というような論調も出てくるでしょう。国会議員が議会でこのような発言をし出して日韓関係にプラスになるとは思えません。

幸いと言うべきでしょうか、韓国の反応は冷静です。朝鮮日報日本語版では仙石氏の発言を「個人請求権の問題に関し、これまでの日本政府の立場とは大きく違う、前向きな意向を表明した」伝えた後「こうした過去の問題を積極的に解決しようとする動きに対し、野党だけでなく、与党・民主党の内部でも否定的な考えを持つ政治家が少なくないため、実際に個人への保障が実現するかどうかは未知数だ」という客観的とも言える論調で締めくくっています。仙石発言で勢いづく感じはありません。

もしこのまま仙石氏の発言の通り民主党が個人補償を蒸し返すような動きをすれば、普天間基地の移設に関し「最低でも県外」と言った以上の波紋を生む可能性が大です。たださえ韓国とは竹島慰安婦問題のような双方が納得する結論が出るはずもない問題があります。仙石発言は火薬庫の中で花火遊びをするような危険があります。

それにしても鳩山前首相も、仙石官房長官もどうして出来もせず、問題ばかり生むような発言を平然としてしまうのでしょうか。野党時代が長かったからと言っても常識があれば、問題の難しさは理解できるはずです。そして政権党は問題の指摘ではなく問題の解決に責任を負っていることも理解できるはずです。

仙石氏の発言の趣旨自体は少なくとも立場により一定の正当性を持っていると看做されるでしょう。「そのような考え方はありうる」という認識はむしろ持っているべきかもしれません。しかし、政権の高官が口にするのはあまりに軽薄と言うより度し難いとしか言いようがありません。行く末が心配になります。

日本の問題解決はヤケクソ大インフレしかないのか
池田信夫氏がいっそ大インフレで日本の大掃除をという趣旨のブログ「いろいろ考えたけどやっぱりリフレを支持します」を書いています。

池田氏のブログで紹介されている藤沢数希氏ののブログ「いろいろ考えたけどやっぱり増税には断固反対します」もなかなか面白く、こちらは消費税を上げなければ財政が破綻するからこそ消費税は上げるべきではないという意見。

どちらも面白いし筆者自身バブルの再現で経済を大掃除しようというブログ記事「バブルよもう一度」を書いたことがあるのであまり悪くは言えないかもしれません。

大インフレで累積国債をチャラにし、年寄りが若者から搾取する年金もチャラにしてしまう。ついでに既得権益にしがみついている既存大企業、官僚組織も崩壊させ新生日本を目指すというのは魅力的なアイデアに聞こえるますし、本当に大インフレになれば、かなりその通り実現するだろうと思われます。

しかし、結果は良くてもその過程は悲惨です。ソ連が崩壊した時、大インフレで年金生活者たちは悲惨な状況に陥り、平均寿命でさえ大幅に低下しました。

これは原発を一気に全廃して再生可能エネルギーに依存した循環型社会を作ろうという意見と似ています。大手術はうまくいくと素晴らしいが患者が死んでしまえば意味がありません。

池田信夫氏は物価上昇のコントロールつまりインフレターゲットなど機能しないという持論の持ち主です。インフレは動き出したらハイパーインフレで数百倍も物価が上昇するしかない、だから1%の物価上昇で実質十兆円づつ国際債務を減らすなどという目標は政策目標になりえないと考えています。

この信念があれば「論理的」に大インフレしか日本の問題を解決する方法はないのかもしれません。しかし本当にそうなのでしょうか。大インフレにならなくても構造改革をして税制を経済成長型に改めることは理論的には可能です。ただ政治的困難は大きく、あらゆる抵抗勢力が邪魔をするでしょう。

だからといって、いきなり多くの年寄りを路頭に迷わせ、みじめな生活に追い込み、自殺者を増やし、あげくに平均寿命まで縮めることを望むのはまともな経済経済学者の考えることとは思えません。

閉塞感を感じざる得ない今の日本ですが、ヤケクソから何かを産もうとするのは間違いでしょう。池田信夫氏にはオピニオンリーダーとして責任ある発言を求めたいと思います。
原子力発電とCO2排出量当りのGDPの関係
NuclearPower.jpg

「原発は地球温暖化防止と経済成長を両立させる決め手だ」というのは私の主張にやや反するのですが、原発が地球温暖化ガスを削減しつつ経済成長を行うための一つの手段であるkとは事実です。上のグラフはどちらもWikipedeaから取ったものですで縦軸はCO2排出量トン当たりのGDP、横軸は電力に占める原子力発電の割合です。

明らかな傾向として原子力の割合が高いほどCO2あたりのGDPが高くなっています。単純に考えると原発を増やせば、CO2を減らしながらGDPを増やす、つまり経済成長を行うことが可能となります。

原子力発電比率が約25%の日本が、25%CO2排出量を削減して、なおかつGDPを下げないためには、CO2トン当たりのGDPを3,374ドルから4,500ドル程度にしなければいけません。グラフ上からは原子力発電の比率が40%程度になればよいことになります。

グラフを子細にみると原発の比率が比較的低くてもイギリスのCO2トン当たりのGDPが高かったり、その逆の韓国のようなケースがありますが、これらは金融業で稼ぐイギリスと重工業で稼ぐ韓国という違いが反映しているのかもしれません。

またスイスの場合は電力に占める水力が大きなこと、スェーデンは再生可能エネルギーに熱心なことが、CO2トンあたりのGDPが原子力発電の比率以上に高くあせているのでしょう。

地球温暖化と原発を巡る議論は難しい点が多々あるので、あまり単純化した分析は危険なのですが、一つの参考にはなると思います。



(補足)進む円高 なぜ経済界は静かなのか: そもそもなぜ円高になるのか
前回の記事を書いた後、そもそもなぜ今円高になるのかという質問を受けました。日本の国の借金は900兆円とGDPの2倍に達しようとしていて、ギリシャより比率では悪くなっています。貿易収支もかつてのような大幅な黒字は消えて収支のバランスが取れてきています。円だけドルに対しも、ユーロに対しても、ウォンや元に対しても一人上昇を続けるのはなぜなのかいうわけです。

外国通貨の交換レート、為替相場は色々な要因で決まるものですし、株式相場と同じで予測が本当にできれば大儲けができます。逆に言えば誰も予測はできないし、現時点の交換比率が妥当なものなのかどうかというの判りません。

しかし米ドルに対するレートを見るとそもそも円は安すぎたのだと言うこともできます。ユーロが生まれた2000年頃、1ドル、1ユーロはほぼ100円でした。その時のレートが正しいかったかどうかを議論すると堂々巡りになってしまいますが、アメリカの消費者物価は10年で20%以上上昇したのに、日本ではほぼ一定でした。物価を基準に考えれば1ドル80円程度になってもよかったのに1ドル110-130円くらいで円ドル相場は推移していました。

輸出企業は円で給料も家賃も支払っていますから、物価水準が変わらないのに円が安くなてくれれば競争上も収益上も有利になります。リーマンショック前までは自動車業界を始め日本の輸出産業は円安で大きなメリット得ました。海外進出1点張りだった製造業の日本回帰が進んだのもこの頃です。日本回帰によって必要になった労働力の多くは派遣労働者によって提供されました。

それではなぜ日本円は安くなってしまったのでしょう。それは金利の低い日本で資金を調達し海外で投資する「円キャリートレード」と呼ばれる資金移動が行われたからです。バブルの崩壊以来失われた10年、15年を経過しても日本での投資は活発になりませんでした。景気の下支えのために金利は限りなくゼロに近い水準に据え置かれたのにもかかわらず、投資意欲は冷え込んだままでした。

かわりに日本の資金を投資したのは欧米諸国でした。アメリカではサブプラムローンという低所得者向けのローンを「発明」して不動産を売りまくりました。ヨーロッパはアイスランドやギリシャのような国の不動産投機熱が高まり価格は暴騰しました。

しかしリーマンショックの引き起こした大恐慌以来とも100年に一度とも言われる経済危機により事態は一変しました。各国は景気刺激策と金利の大幅な低減を実施しました。一時はアメリカの金利は日本をさらに下回る水準にまでなりました。

こうなると円キャリーで回っていた歯車は逆回転を始めます。各国は投資に慎重になる一方、相対的に金利差が縮小したことでもはや円資金を移転することをやめてしまいました。結果は日本の貿易黒字は縮小したのに円高になるという現象です。

輸出が増えたわけでもないのに円高になると、ユーロという単一通貨圏で為替調整ができずに経済的苦境に陥ったギリシャと相似形のような事態になってしまう可能性があります。円高で黒字が減り、その分を政府支出で補わなければならないのです。

ギリシャではその政府支出自身が外国からの借金だったため政府支出を増やすどころか緊縮財政をすることになってしまいました。そのため給与下げられる労働者や年金の切り下げをされる一般庶民の不満が爆発して政治的にも危険な状態になってしまいました。

ギリシャがユーロに縛られず為替相場の切り下げで経済危機に対応できれば、輸出や観光客の増加で政府支出を増やさなくても経済は緩やかに回復することができたでしょう。現にユーロ参加国ではないアイスランドはより深刻な危機に見舞われたにもかかわらずGDPの落ち込みは小さくて済みました。

日本の国債が日本人によって買われているのは、まぁ健全なことなのでしょうが、皮肉なことに不況になっているのに円安で輸出を増やし、雇用を増やすという方法が取れないという結果になっています。その意味で日本の状況はギリシャと似ていますが、似ているのは借金が多いという点ではなく、為替相場で景気を回復できないということです。

この日本の状況はオランダ病と言えわれた70年代のオランダに似ているかもしれません。オランダは天然ガスが豊富に取れるため第1次石油ショックの後為替相場が上昇して工業製品の競争力が落ち、国内産業が壊滅的な打撃を受けました。

さらに資源からの豊富な収入により国家財政が膨らみ、資源収入が減少した後もその後始末に苦しみました。日本の場合は天然ガスでなく1400兆円の個人の金融資産が同じような現象を引き起こしているとも言えます。

いずれにせよ日本がギリシャに似ているとしても似ているところは財政赤字ではなく為替調整ができなくなっているということです。間違った分析は当然間違った対策につながります。こんな当たり前で簡単なことをマスコミも政治家もどうも誤解しているようです。心配です。

参考: ギリシャの危機は他山の石なのか
進む円高 なぜ経済界は静かなのか
USDJPY.jpg

円高が続いています。今日(2010年7月2日)1米ドルは88円を割り込み、1時は160円以上だった1ユーロは110円程度になっています。リーマンショックの前と比べると日本円はドルに対し2割、ユーロに対し3割以上上げた計算です。

円が高くなったのはドルやユーロに対してばかりではありません。韓国ウォンに対してはリーマンショック前0.11円程度だったものが今は0.072円程度です。リーマンショック直後ウォンは0.06円少しまで下落して韓国は日本からの観光客が激増するという「特需」に恵まれたのですが、今は再びその水準に近づいています。

ところが経済界から円高を是正するようにという声は意外なほど聞かれません。一昔前は円高が進むたびに経団連会長が政府に力強い介入を求めるニュースが報じられたのですが、そのような声はほとんど無いかあってもとても小さいようです。

これはどういうわけなのでしょうか。一つにはかつてのように輸出が輸入の1.5倍もあり円高で輸出の収入が減ることの打撃が大きかった時代と比べ、現在のように輸出入がほとんど均衡していると円高は輸出の手取りと輸入の支払いが打ち消しあって国民経済的には中立だということもあるかもしれません。

しかし、これは必ずしも正しいとは言えません。1986年は前年の円高ドル安政策をとることを各国が決めたプラザ合意の余波で、輸出が41兆円から36兆円に激減しましたが、輸入は31兆円から21兆円にさらに大きく落ち込みました。円高で日本は全体として黒字を増やしたのです。

これに対しリーマンショックの前、日本の輸出入額はそれぞれ、84兆円、73兆円だったのが、2009年は輸出が54兆円、輸入が51兆円となり黒字幅は縮小してしまいました。

基本的なおさらいをもう一度するとGDPは(政府最終支出+設備投資+個人消費+輸出入黒字)です。黒字が減ればほかの項目が増えない限りGDPは減少します。リーマンショックは日本に貿易上では7兆円のGDP縮小効果があったと計算できます。これは消費税で考えると3%程度ですから小さな額とは言えません。

国民経済的に見れば現在の円高は過去の円高と比べてずっと「体にこたえる」ようです。もちろん過去の円高の克服が困難でなかったかというとそうではありません。プラザ合意以降日本の製造業は急速に海外進出を始め、それに乗り切れなかった多くの中小企業は倒産してしまいました。

その意味で今や日本の大企業は円高に対しかなり抵抗力を付けてきたということは確かです。トヨタやソニーは現地生産を進めていますし、普及品の多くは東南アジアなど日本以外で生産されています。経済界があまり騒ぎ立てないのはそのためもあるでしょう。

しかし個人のレベルになるとそうのんびりしたことは言っていられません。80年代の円高では日本の製造業は圧倒的に強く、円高になっても価格に転嫁することはかなりできました。ところが現在は普及品は韓国と競争しなければいけませんし、レクサスのような高級車はドイツ車と争っています。ウォンとユーロが円に対し3割も安くなるような状況で価格転嫁は容易ではありません。

しかも80年代は終身雇用が日本的経営の最大の強みと持てはやされていた時代です。大企業は赤字になっても簡単に従業員を解雇することなどありませんでした。ところが現在は日本の製造業は悪名高い派遣労働者に労働力を依存しています。円高で少しでも企業収益が不利になると、日本から簡単に生産は海外に移転し、労働者は解雇されるだけです。

80年代の円高局面では企業が我慢して、そのうち輸入価格が低下するメリットを国民経済が受け、結果的に円高が生活水準の向上に役立ったのに対し、現在は企業はあっさり労働者、下請けを切り捨てて収益を守ろうとします。いくら輸入品が安くなっても給料がもらえなければ意味はありません。

企業が派遣労働者をあまりに簡単に使い捨てにし、労働需要の緩衝材として扱うので、製造業での派遣労働者の採用を制限しようとする改正派遣業法が提出されました(前国会で成立しなかった)。しかしこれで企業が派遣の代わりに正社員を沢山雇うようになることはあり得ず、海外移転がより進むだけでしょう。派遣業法の改正は労働需要をさらに減退させるでしょう。

日本の大企業のグローバル化が一層進むのは確実です。円高はそれを加速します。しかし、このまま対策もなく円高が進めば負担は企業でなく個人が被ることになります。就職氷河期が再び訪れ多くの若者は職業人としてのキャリアをコンビニのアルバイトのような形で始めさせられています。

コンビニの店員が悪いとは言いませんが、専門教育を受け高度の職業訓練を積まなくては高い所得を得ることはますます難しくなるでしょう。これでは将来の年金システムの維持も一層困難になってしまいます。

もちろん、円高も悪いことばかりではありません。低付加価値の普及品から高品質、高付加価値の製品に移行するために円高は効果的でしたし結果的に日本経済の高度化につながりました。しかし、若者が能力を伸ばすことが十分できない形で円高が進めば、国力の衰退に加速度が加わるでしょう。国民は円高批判は経済界の話だと言わず、もっと自分自身のこととして考えるべきです。 (補足: そもそもなぜ円高になるのか


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。