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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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ブラックスワンを見た日: 福島第一原発事故
Black_Swan.jpg

今まで数多く原発についてのブログを書いてきました。一連のブログを通じた原発に対する私なりの結論は、原発は炉心溶融という大きな危険を内在し、放射性廃棄物処理という技術的というより政治的に困難な問題を抱えているため、将来的には再生可能エネルギーに移行していくべきだろうというものでした。

反面、反原発派の言うような原発の即時廃止は事実上不可能だし、原発は事故が起きない限り危険な放射能を垂れ流してもいない。事故が起きる確率は数万年に一度程度という極めて小さなものなので、当面は原発を維持していく、あるいは場合により増設して化石燃料の消費を減らすことを考えるべきだとしていました。

私はTwitter上でずいぶん反原発派の人と意見を交わしましたが、その時は反原発派に多く見られる非科学的で感情的、そして何より政治的な発言には批判的な立場を取っていました。Twitterでの私は原発推進派と看做す人が多かったようですし、それは私の表明する意見からは無理もないと思います。

東京電力福島第一原発での大きな事故は、日本さらに世界の原子力政策を一変させるようなショッキングなものでした。冷却機能が失われた中で、次から次へと原子炉が危機的状況を迎え、最後は決死的な放水作業と電源回復の努力によって辛うじて事態は沈静化しつつあるように思えますが、今日現在はとても予断を許す状況ではありません。

被害は非常に大きなものがありました。避難または屋内待機を求められた地域には約5万人の住民がおり、地震で家族と連絡が取れない中で自宅から遠く離れた場所に避難せざるえませんでした。米軍を含め、外国人の多くは首都圏からの退避を行い、海外に多数が脱出しました。

放射能汚染も広範囲におよびました。近隣の農作物から基準値を上回る放射能が検出され出荷規制に追い込まれました。東京の水道水さえ乳幼児の摂取を控えるようにという発表がありました(現在は解除)。今後詳細な調査が必要ですが、場合により相当の長期間、半永久的に立ち入り禁止になる地域が出ることも予想されます。

このよう現実を目にすれば原発推進など狂気の沙汰と考える人が増えても当然と思えます。今まで原発の安全性を強調してきた人々に対し、反省、懺悔、謝罪を行うべきだと言う声が上がることは致し方ありません。

私のように「長期的には再生可能エネルギーに移行するとしても当分は原発依存は仕方ないし、大きな問題もない」と言い続けた人間にも同様な言葉が投げつけられるのも止むえないことです。

もちろん、私に反省すべき点はあります。何より「2万年に1回程度しか原発の大事故は起きない」と言ったことは今では誤りと考えなくてはいけないと思っています。ただ、これは2万年に1回の事象が起きてしまったからではありません。確率論的には2万年に1回のことが起きるのは2万年後でなく今日でもよいからです。

また原発が想像以上に危険な代物だったからでもありません。今回の事故は重大ではあっても原発外部の一般人に死者はでていません。人的被害という点でが少なくとも反原発派の言い続けてきたような巨大な災禍をもたらしませんでした。

今回の事故の原因は一口で言うと「想定外」の津波に襲われ、バックアップも含め電源が失われてしまったからです。原発は「止める、冷やす、封じ込める」の3点が事故の被害を最小にするために重要なのですが、「冷やす」が出来なかったことがドミノのような被害拡大につながりました。「冷やす」がうまくいかなかったため「閉じ込める」にも失敗してしまいました。

日本を襲った史上最大と思われる今回の地震で改めて明らかになったこととして、日本の原発の「耐震性」は十分に高かったということがあります(この点は反原発派は全く納得していませんが)。福島第一原発以外に地震に直撃された福島第2原発、女川原発は安定的に停止させることができましたし、福島第一原発さえ制御棒の挿入による核分裂の停止には成功しました。

原発は柏崎刈羽原発が中越沖地震で3,000ガルといった想定をはるかに上回る揺れにあっても、揺れには耐えることができました。少なくとも原子炉とその建屋は地震で致命的に破壊されたりすることはなかったのです。

しかし、柏崎刈羽原発で変電所が火災を起こしたように、今回も外部電源の取り込み部分などが揺れによりかなりの損害を受けました。この点では柏崎刈羽原発の教訓は十分に生かせていたと言えません。

稼働している原発は制御棒を挿入することで停止されます。「耐震性」を問題にする時、揺れで燃料棒が変形などして制御棒が挿入できなくなる事態が懸念されてきましたが、過去の地震でそのようなことはありませんでした。

問題になったのは原子炉が停止しても原子炉が稼働中に生成された放射性物質が放射線を出して崩壊する時に出る「崩壊熱」です。崩壊熱は急速に減衰し、最初の1分で稼働時の3%程度、1日もすれば1%以下になります。しかし、それでも崩壊熱はエネルギーは相当な量なので、かなり長い期間冷却を続けなければ、燃料棒が溶融するまで温度は上がってしまいます。

今まであった中で最悪の原発事故であるチェルノブイリ事故の場合は、崩壊熱ではなく核分裂が暴走して制御不能になり、大爆発を起こして広範囲に放射性物質を撒き散らしました。スリーマイル島事故では核分裂は停止していましたが、誤ってECCSを手動で停止したために停止直後の大きな崩壊熱で炉心溶融が起きましたが、大爆発までにはいたりませんでした。

福島第一原発の場合は原子炉停止後数時間は冷却が行われたので、崩壊熱のエネルギーは稼働時の1%以下になっていたはずです。どう転んでもチェルノブイリ並みの事態になることはあり得ません。それでも燃料棒が溶け、高温で露出した燃料棒が水分に触れて水蒸気爆発を起こせば、相当な被害が出ることはありえました。

面積的にはチェルノブイリ事故にははるかに及ばないまでも、何百メートルあるいは何キロメートルに渡って生命に危険なレベルの放射性物質が撒き散らされ、何千年も立ち入りができなくなる可能性も否定できなかったと思われます。

冷却電源が全て失われ、冷却能力がなくなることは、英語ではstation blackoutという言葉があるくらい、基本的な懸念の一つでした。しかし、過去の原発事故ではチェルノブイリやスリーマイル島の事故のようにECCSを人為的に止めない限りECCSが稼働せずに大事故になったということはなく、一般には注目されることはあまりありませんでした。

これは私自身の反省でもあるのですが、電力会社のような原発の建設、運用の当事者も、反原発派の理不尽とも思える原発攻撃に対応しているうちに、反原発派の指摘していないことには無頓着になっていた点があったのではないでしょうか。

反原発派が原発の周りは放射能だらけ奇形生物だらけと言うと、海水、空気の放射能の検査を厳重に行う。地震に対する備えは「耐震性」ばかり考えて、津波は二の次になる。反原発派の科学性のなさを嘆きながら、反原発派の懸念に答えることを中心に防災を考えていたのではないかと思えるのです。

もちろん反原発派の人達は素人です。思いつく危険は、過去の類似事例の繰り返しか、根拠のない誇大妄想的なものばかりです。しかし、そのレベルの危険対策ばかり考えていたため、今回のような「想定外」の事態に遭遇してしまったと言えないことはありません。

原発の安全性の評価にはPSA (Probability Safety Assessment )あるいはPRA(Probability Risk Assessment)と呼ばれる工学的手法があります。PSAでは原発を細かい機能に分け、一つの機能が失われた時、どのような影響が及ぶか、影響がおよぶ確率を小さくするには二重化など安全策の強化をどう行うべきかが分析されます。

PSAはすぐれた手法ですが、「想定外」のリスクがどの程度の確率で起きるかは条件として定める必要があります。しかし、「想定外」は文字通り想定外ですから、正しいとまで言わなくても妥当な数値を入れることさえ簡単ではありません。

マグニチュード9.0という東日本大震災は1千年に一度程度の大地震であると言われました。しかし、1千年に一度が本当ならこれは無視はできない数字です。なぜかと言うとPSAから計算される炉心溶融を伴うような原発の大事故は2万年に1回あるいはそれよりずっと低い確率でしか起きないと見積もられていたからです。

1千年に一度の地震で今回のような事故が必ず起きるなら2万年に一度という数字は成り立たないことになります。もっとも今回の事故ではチェルノブイリはもちろんスリーマイル島の事故と比べても炉心溶融という点では軽微です。むしろ燃料棒損傷、あるいはpartial metldownつまり部分炉心溶融と言うべきもので、その点ではPSAの数値はあながち間違ったものとは言えないかもしれません。

しかし、今回は稼働中の原子炉だけでなく、休止中の炉の物含めた保管中の使用済み燃料の冷却が停止して、燃料棒の空中露出による放射能汚染が起き、さらに使用済み燃料が溶融を始める危険性までありました。「想定外」の事態はPSAの前提をはるかに超えて広がる可能性があったのです。

原発は巨大で複雑でしかも外部電源、海洋のような外部環境に強く依存しています。このようなものをPSAのような手法だけでリスクの分析、対策を立てるのは間違いだと言わざる得ない。これは今回の事故の教訓です(これを今更と思う人の大部分は確率とは無関係に原発は危険と言い続けていただけです)。

本来ほとんどあり得ないと思われるようなことが起きることを、金融業界の言葉でブラックスワンといいます。ブラックスワンつまり黒い白鳥は、存在しないものの代名詞のようなものだったのですが、実際にはオーストラリアで「想定外」に発見されました。

発見されて見ると黒い白鳥の存在は不思議でも何でもなく、最初からそんなことは判っていたような気にさせられる。そのような現象をブラックスワンと金融業界の人間が言うのは、相場が全く想像もしていなかった値動きをすることがあるからです。

金融理論ではブラックショールズ式というオプション価格の予測、先物相場の価格の妥当性を示す数式があります。ブラックショールズ式は概ね正しく相場の値動きを評価するのですが何年かに一度、数式上では宇宙の始まりから現在までを一億回繰り返しても起こり得ないような相場が現れます。

大体、そのようなことが起きるとそれまで先見性を持った神のような人間と思われていた相場師が沢山破滅します。1998年のアジア通貨危機ではブラックショールズ式を編み出したことでノーベル経済学賞を受賞したショールズ、マートンを取締役に擁したLTCM社が破綻しました。

アジアの通貨危機でロシアが国債市場を閉鎖してしまったため、手持ちの債券を売ることも買うこともできなくなったためですが、これはLTCMにとっては「想定外」以外の何物でもありませんでした。ブラックショールズ式はそのような事態には無力だったのです。ちょうどPSAが津波で何もかもが流されてしまうような事故に役に立たないのと同じです。

PSAは無意味ではありません。PSAで工学的弱点を明確にし、弱点を二重化などで補強していくこと安全設計の基本です。しかし、それとは別にリスクそれも極めて起こりにくいリスクの確率計算はできないと考えるべきだと言うのがブラックスワンの教えです。

事故の被害という点でも予測は反原発派の言うような「何十万人死ぬか見当もつかない」ということに引きずられて、死傷者が出ないということばかりを原発の安全性の基準にしてきたということがあります。

福島第一原子力発電所の事故では外部の一般市民の死者は(現時点では)いませんし、今後も重大な被爆者は出ないでしょう。しかし、原発事故で恐ろしいのは放射能の危険から莫大な数の住民が退避させられ不自由な生活を強いられることです。

もし本当に「原発を東京」に作っていたら、たとえば皇居の位置に作っていれば千万人以上が退避しなければなりませんでした。千万人の退避者が出ても移動もできず、移動しても行き先もありません。収集のつかないパニックが起こって、それこそ「何十万人死ぬか見当もつかない」事態になる可能性があります。原発事故は放射能そのものより、放射能から逃れるための避難こそが最大の災害になる可能性があるのです。

最後に、日本は原発を推進すべきなのでしょうか、それとも原発廃止に大きく舵をとるべきなのでしょうか。この質問は重要ですが、今はあまり意味がないと思います。今の日本が直ちに原発を全廃してまで国民に大きな不便を強いることはできないし、おそらく原発から遠く離れて住んでいるほとんどの日本人もそれを望んではいません。

一方、今後日本に新しい原発が建設するのは非常に難しいでしょう。国民の多数が原発を容認しても、原発を近くに建設される人々が賛成するとは思えません。危険は目の前に確かに示され、命を失わなくても恐怖と、何より遠くへの避難という大変な犠牲を強いられる可能性があるからです。

将来、再生可能エネルギーが全く物にならない、あるいは高価過ぎて生活水準の大幅な切り下げをしない限りエネルギーの主力にはなりえない、というようなことになれば再び原発が脚光を浴びることも考えられます。チェルノブイリの事故が起きた1980年代の終わりのころには、地球温暖化防止の切り札として原発の見直しが進み、「原発ルネッサンス」と呼ばれる時がこようとは想像もできないことでした。

あるいは再生可能エネルギーが期待にこたえて、現実的な原発の代替として力を備えるようになるかもしれません。原発の新設が難しい以上、今までの何倍もの努力を再生可能エネルギーの実用化(今は原発の代替というレベルで実用化しているとは言えません)に注げば数十年後に再生可能エネルギーの時代になることは十分期待できます。

それまでは徐々に積みあがる放射性廃棄物(これはいずれにせよ何とかしなくてはいけません)と潜在的な危険を向き合いながら、日本人は原発と付き合い続けることになります。付き合う以上今回得た教訓を既存の原発の改善につなげることは緊急の課題です。

ECCSのバックアップ電源は別系統の最低2週間程度は持つ強力なものを備える。特に津波の影響を考えてバックアップ電源と燃料は原子炉と同様な強固な建屋で守るといった対策はすぐにでも必要です。

何より今回露呈したのは意思決定の遅れと稚拙さです。検証をしっかり行う必要がありますが、冷却能力喪失のような重大な事故で、莫大な損失覚悟で廃炉しても海水注入をするといった高度の意思決定を素早く行える体制がなかったことが、ここまで事態をこじらせた最大の原因と考えられます。

結局、原発を運営する側は本当に事故が起きる可能性があるとは思っていなかったのでしょう。思っていないので、反原発派の幼稚な反対論に、官僚的でおざなりな「十分に検討しており、安全性は確保されております」と繰り返すことで事足れりとしたのでしょう。

これは決して結果論ではありません。天災はブラックスワンかもしれません。しかし、ブラックスワンに出会った時どうするかと考えるのは人間の仕事です。ブラックスワンはいます。もしいないと思っているなら、それはまだ見たことがないだけなのです。
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