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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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原爆投下
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私の父親は第二次世界大戦で徴兵されニューギアに送られ(サラリーマンのニューギニア戦)、九死に一生を得て生還しましたが、生前「原爆投下で終戦になるのが何月か遅れたら、助からなかったな」と言っていました。もちろん、そんなことをどこかの防衛大臣のように、やたら口走るようなことはしませんでした。「自分はアメリカの原爆投下で助かった」という思いは、たとえ気持ちの底に多少あったとしても公言するようなことではないというのが、戦争で死線を越えてきた日本人の当然の心情だったのだと思います。

しかし、このことを考えだすと複雑な思いに囚われてしまいます。私は戦後の生まれですから、ニューギニアから父が生還できなければ、私もいなかったことになります。私にとって原爆はこの世に生を与えてくれた恩人なのでしょうか。とてもそんな気にはなりませんし、そもそも実感がありません。私には息子が二人いますが、かれらに自分たちは原爆投下がなければ存在できなかったかもしれないと言っても、心に重く響くものがあるとも思えません。息子たちには戦争も原爆投下も遠い歴史の出来事です。

アメリカは1945年8月6日に広島に、続いて8月9日に長崎に原爆を投下しました。広島では10数万人の人が一瞬で命を失い、長崎でも10万人近く(その後の死亡も含めれば10数万人に達すると推定されている)の人が亡くなりました。相前後して密かに日本政府が和平の調停を依頼しようとしていたソ連は日本に戦線を布告し満州に侵攻します。この状況で日本は8月14日の御前会議でポツダム宣言受諾、つまり無条件降伏を決定します。

現在から考えると、当時の戦局で戦争を継続することは無意味以外の何者でもなく、無条件降伏は当然の判断だと思う人が大部分でしょう。しかし、その時点でそのような正しい意思決定をすることができたかどうかは自明のこととは言えません。そもそも敗戦にいたるまでの10数年間、日本は大きい意味で意思決定の間違いを続けています。

広大な中国大陸でゲリラ戦を展開する中国(国民政府と、共産軍がありました)と泥沼の戦争を行い、ハードウェアの力つまり生産力が決定的になる海戦主体の戦争を太平洋域でアメリカと戦いました。相手の得意な土俵で、両面作戦を展開し、困り果てて日本の同盟国のドイツと死闘を行ったソ連に和平調停を期待するというのが日本の指導者たちがしてきたことでした。

戦争というものは始めるよりやめる方がずっと難しいものです。簡単に戦争をやめると、それまでの戦死などによる多大の犠牲を無駄だと認めることになるので、一般の国民と心理としても受け入れがたいものがあります。しかも、戦争の指導層は降伏によって地位を失うだけでなく、逮捕されたり処刑されたりすることも考えられるので、国民に多大の犠牲があっても権力を保持している限り、戦争を継続しようとします。

第二次世界大戦でもドイツはベルリンが陥落するまで降伏をしませんでした。ソ連は2千万人という日本の第二次世界大戦の全犠牲者の6倍以上におよぶ被害を出しながら降服せずに戦い続けました。ベトナム戦争ではアメリカ軍は第二次世界大戦で使用した爆弾の総量を超える爆撃を行いましたが、(北)ベトナムを屈伏させることはできませんでした。

日本軍は「虜囚の辱めを受けず」と言って、前線の兵士には降伏を事実上禁じて自決を強要していましたし、サイパン、硫黄島など数多くの戦場では玉砕でほとんど全員が死亡するまで戦いました。沖縄戦では一般市民を戦いに参加させ、事実上沖縄市民まるごとの玉砕戦法を取りました。本土に一兵の敵も上陸していない段階で降服を受け入れたのは、むしろ奇跡に近いことだと言ってもよいでしょう。

8月14日の御前会議から8月15日の玉音放送にいたるまで、玉音放送の録音の奪取を軍の一部が図ったり、近衛第1師団長を射殺するなど、降服に反対する勢力の動きは続いていました。玉音放送があっても、数百万の軍が整然と停戦、武装解除に応ずるかも問題でした。しかし、結果は玉音放送と阿南陸軍大臣が「一死をもって大罪を謝し奉る」と言って自刃したことで、終戦の動きは決定的になります。

終戦と本土決戦を唱える勢力が拮抗した当時のような状況は、ガラスに石をぶつけてどんな割れ方をするかというのと同じで、わずかなことで決定的な違いが起きてしまいます。そのようなある意味偶然の連鎖で物事が動いていく時に、原爆の存在が意思決定に極めて重要な要素となったことは確実です。

どのような防空壕も防ぐことができないような強力な爆弾(実際はそのようなことはないのですが)が存在するということは、天皇の生命の保証が、「国体の護持」にとって決定的だと考えると致命的です。海軍の崩壊、沖縄陥落、東京大空襲そしてソ連の参戦などを見れば、戦争にはもはや勝てないということは日本の指導層は誰でも認識していたでしょうが、原爆という「戦争の概念を変える兵器」を見るまでは本土決戦をあきらめることはできなかったのです。

それでは、本土決戦を実際に行っていたらどうなっていたのでしょうか。本土決戦の前哨戦と考えられた沖縄戦では、45万人の沖縄市民の約3分の1が死亡しました。これは日本全体に当てはめれば2-3千万人に相当します。信じがたい数ですが、国土が戦場になったソ連は大戦中2千万人の国民をドイツに殺されていますし、中国は日中戦争で1千万人程度の生命を失ったと思われます。朝鮮戦争でも市民の死者は3百万以上、人口の1割程度に及びました。日本全土が戦場になり、沖縄戦、硫黄島戦なみの抵抗を全国民が続ければ2-3千万人という犠牲者数は非現実的なものではありません。

アメリカ軍の被害も沖縄戦で1万2千人の戦死者と7万人以上の負傷者を出したことを考えると、どの程度のものになるか想像もできませんが、数十万人の死者がでるというのは妥当な想定です。原爆投下はアメリカ政府にとっては、議論の余地のない決定だったはずです。アメリカの一般的な原爆投下に対する評価は「戦争を早く終結させるために原爆投下は必要だった」というものです。

しかし、必要だということと許されるということは同じなのでしょうか。原爆投下および焼夷弾を主とした東京、大阪大空襲は明々白々に一般市民の組織的、計画的な虐殺です。第二次世界大戦中でも、これに匹敵する規模と計画性をもった一般市民の殺戮はホロコースト以外はありません。

広島市の平和記念公園にある原爆慰霊碑に『安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから』という言葉が刻まれています。この碑文に対しては誰が「過ち」を起こしたかという主語がないという批判があります。原爆はアメリカが落としたのだから、アメリカが主語だ、いや戦争を引き起こした日本が主語だと立場や主張により解釈は色々あるのですが、現在はWe=人類全体として戦争の悲惨さを反省するものだというのが大勢です。しかし、原爆は天災ではありません。人間の意志により投下されるものです。

不思議なことに戦後の日本の核兵器の反対運動は「世界で唯一の被爆国」という立場は強調しても、アメリカの戦争犯罪を糾弾するものは稀でした。米ソが対立しているとき、共産党などは「アメリカの核は悪だが、ソ連や中国の核は防衛上やむ得ない」と主張したこともあったのですが、アメリカの原爆投下を戦争犯罪として追及する姿勢は日本の左派勢力も明確ではありませんでした。原爆慰霊碑が主語がないと批判する人(こちらは主として右の人が多いようですが)もアメリカの戦争犯罪をあまり攻撃しません。

もしかすると「戦争犯罪」という概念は日本人には希薄なのかもしれません。しかし、だとしても「原爆を落としたアメリカを憎んでも憎みきれない」と言わないのは何故でしょう。「核兵器廃絶、戦争反対」と言い、被爆被害の補償を日本政府に求めても、アメリカに賠償させようとする運動は聞いたことがありません(私が知らないだけでしょうか)。

ソ連の参戦と満州での略奪暴行、シベリア抑留については右よりの人だけでなく多くの日本人が腹を立てるのに、これは不思議な現象に思えます。戦後のアメリカの政策がよほどうまくいって、日本人にはアメリカのすることは全て正しいと思う人が多いからでしょうか。そういう人もいるかもしれませんが、かつて社会党は「米帝国主義は日中共同の敵」とまで言っていたのですから、そうとばかりも言えません。

ひょっとして、日本人は原爆投下が戦争終結を早め、多くの日本人が結果的には命を助けられたと潜在的に思っているのかもしれません。そうだとすると一方で「世界で唯一の被爆国」と言いながら、他方で「その原爆で現在の自分が存在できている」と日本人の多くが心のどこかで思っているのでしょうか。

別の理由としては、爆撃機から原爆を投下するというのは、同じ殺人でも殺すほうも、殺されるほうも実感が乏しくなるのかもしれません。少なくとも爆弾を落とすほうは、目の前の人間を殺すより胸が痛むことが少ないでしょう。それでも、広島、長崎で原爆が実際に投下され、莫大な犠牲者を出したこことは、核兵器を保有する国に、核兵器使用のハードルを相当高くすることに役立ったことは確かです。

核兵器が普通の兵器とは次元の違うものだという認識が、広島、長崎の惨状なしで世界の共通認識になったかどうかは疑問です。もしかすると第三次世界大戦で世界が滅亡しなかったのは、広島、長崎への原爆投下のおかげなのでしょうか。そうであれば、人類は皆、原爆投下によって今生かされているということになるのですが。
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賛同します。
 この記事に、全面的に賛同します。わたしは子供の頃から、ほぼ勝てる見込みがない対米戦に至ったのか、不思議でしょうがなかったのです。そこでその背景を探って行ったのですが、いかんせん小生は理科系の専門職に付き、亀の歩みとなりました。途中からは、部分的に歴史を捉えても本質的ではないのでは? と考え、日本史・世界史全般をも学びました。そうして結論が出たのは1年前でした。(小生は40歳代)結論は、開戦は阻止できなかったです。むしろ負けるタイミング・方法を考慮していなかったことに問題を感じましたが、何しろ開戦しちゃたひと達ですからねー。
 本題から離れますが、上記の過程で、本気で戦前回帰を望んでいるひと達が存在することを発見し、脅威を覚えました。彼らは名誉の回復ではなく、経済的な利益を求めているのです。
【2009/04/18 17:42】 URL | 桃栗 #6BZoi3no [ 編集]


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