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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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南京事件という物語
Nanking-IwaneRidesIn.jpg
日本軍の南京入城

1937年12月、松井岩根大将指揮下の日本帝国陸軍の中支那方面軍20万人は、蒋介石率いる中国国民党政府の首都であった南京の攻略作戦を展開します。その時点で蒋介石は奥地の重慶に遷都を宣言していて、南京からは政府首脳部は脱出しており、南京はなかば無政府状態で取り残されていました。

指揮命令系統が崩壊した中国軍が散発的な抵抗を続ける中、12月13日南京は陥落し日本軍は南京入城を果たします。松井大将は12月17日に入城式を行いますが、その前後から6週間あまりにわたり、南京の多数の市民、中国兵が日本軍により殺されます。いわゆる南京事件です。

南京事件はそこでの市民、中国兵の殺害が不法な大量虐殺あたるとされる問題です。南京事件は日本では南京大虐殺とも呼ばれますが、中国では南京大屠殺、英語ではNanking MassacreあるいはRape of Nankingと言います。

Nanking Massacreは日本語で南京大虐殺と訳せますが、Rape of Nankingは南京大陵辱という意味合いになります。アメリカ下院議会はすでに日本の戦争中の慰安婦制度に対する謝罪を求める決議を行っていますが(アメリカ下院本会議で慰安婦決議案可決)、この決議案を推進したホンダ議員は南京事件を次のターゲットにする考えを表明しています。

南京事件に対しては被害者の数と犯罪性の有無について大きな意見の相違があります。中国を中心とする日本批判の立場からは、死亡者の数を20-40万人程度としているのに対し、日本の南京事件に否定的な人たちは、数百人から多くて1-2万人程度と考えています。戦争犯罪としての虐殺は存在しなかったという主張もあります。

一つの都市での犠牲者の数としては、20-40万人という数(50万以上を主張するものもいますが)でさえ、第二次大戦中で最大のものではありません。ナチ・ドイツに対するワルシャワ市民の蜂起への報復として、ナチ・ドイツはレジスタンスや市民を50万人を処刑などで虐殺したと言われています。

レニングラード(現在のサンクトペテルブルグ)の包囲戦では100万人の市民が砲撃や飢餓によって死亡しました。東京やドイツのドレスデンでは10万人以上の市民が無差別爆撃(というより一般市民を狙った爆撃)でほとんど一夜のうちに死亡しました。広島、長崎では一瞬でそれ以上の死者がでています。

物理的にどのくらい南京市民を殺害できたかについて、南京事件に否定的な人からは、南京市民が20万人もいなかったということを否定論の論拠にあげています。また、20万人-40万人という犠牲者がいると1万トンから2万トンの死体の処理が必要で、そんなことは不可能だったという意見もあります。

このような反論は根拠がないとは言いませんが、南京市民の範囲をたとえば南京周辺の地域に広げて考えれば不可能とまでは言えなくなります。死体の処理も、ワルシャワや東京では放置も含め、ともかく処理できたわけですから可能と言えば可能です。

ただ、20万人以上の市民を虐殺するためには、ワルシャワやレニングラードでのナチ・ドイツのように組織的な作戦行動を行うことが必要なはずです。東京、ドレスデンの無差別爆撃では大量の市民を効率的に殺害できるように、爆撃方法が事前に慎重に計画され、爆撃機は爆撃範囲を細かく割り当てられました。

南京事件に否定的な人には南京事件は中国の単なるプロパガンダだと言う人がいます。それはある意味あたっています。南京は国民政府の首都であったので外交官、宣教師など多数の外国人がいました。多くの外国人達は南京市民を救うための努力をしたのですが、多数の虐殺や凌辱が起きるのを目撃する結果になります。それらは諸外国に広く報道されました。

中国にとって圧倒的な日本軍相手の戦いはほとんど絶望的に不利でした。そして対抗する手段は、広大な国土と国際社会に日本の侵略性、残酷性を訴えるしかありませんでした。南京事件はそのような反日キャンペーンには絶好の材料でした。中国側は断片的な虐殺の目撃談の報道から、組織的な日本軍の戦争犯罪行為を宣伝したのです。

戦時下で日本軍が支配している南京の状況を知る方法は限られていました。報道された事実は、そのまま組織的な犯罪行為の証拠としてアメリカなど連合国にも記憶されることになります。南京事件は日本の中国に対する侵略戦争の犯罪性のシンボルになりました。

外国では南京が日本の中国侵略のシンボルになろうとしている時、日本は南京落城の勝利にうかれていました。提灯行列が行われ、松井大将は英雄として東京に凱旋します。その中で、日本のマスコミは兵隊(正確には将校ですが)に南京落城のヒーローを作り出します。「百人斬り」の向井少尉と野田少尉です。

毎日新聞、東京日日新聞は二人の少尉のどちらが100人はやく斬り殺すか競争をし、二人とも達成したことを報道しました。二人は一躍英雄になり、オリンピックで金メダルを獲得した選手のように有名になります。そして、戦後この報道が証拠となり二人の軍人は南京で戦争犯罪人として処刑されます。

百人斬りの話は、ある意味南京事件自身を象徴するものです。報道された事実が事実として戦後の戦争裁判の証拠とされたのです。しかし、機関銃のようなものを使わず日本刀で100人斬り殺すことは、相手が縛られてでもいない限り常識的には不可能です。

この点では百人斬りを捏造とする見方は恐らく正しいでしょう。ただ、百人斬りを信じたのは、二人を処刑した中国側だけでなく、南京事件当時の日本の世論も同じです。あるのは信じる根拠が「日本兵は残酷だ」なのか「日本の兵隊さんは強い」かという違いだけです。報道が信じることを補強する限り、人は容易にバカバカしいことを信じてしまいます。

「日本兵は残酷だ」というのは日本兵に対するステレオタイプ的な認識として中国、アメリカに存在し、このステレオタイプが東京裁判で南京事件を裁く際、大きな影響を与えたのでしょう。断片的な証拠から、日本の組織的な戦争犯罪行為として南京事件は裁かれました。

南京落城の英雄、松井岩根大将は極東軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯として死刑を宣告され処刑されました(正確には松井は「平和に対する罪」を犯したというA級戦犯としては無罪。「人道に対する罪」のBC級戦犯として有罪・死刑になった)。それでも、いかなる先入観をもってしても南京事件当時の首相として、裁判で文官として唯一処刑された広田弘毅の関与は疑問が残るものでした。東京裁判当時の検察側にさえ広田の死刑判決には驚きがあったようです。

東京裁判で絞首刑の判決を受けた7人のA級戦犯のうち、松井岩根、広田弘毅の二人が南京事件への関与を理由とされています(広田は日中戦争の開始責任も問われた)。南京事件がいかにハイライトをあびた戦争犯罪案件だったかが想像できます。

「日本兵は残酷」という認識はどの程度事実に基づいているのでしょう。日本軍が少なくとも現代日本から見ればお優しい軍隊でなかったことは認めざるえないでしょう。一般市民に対してというより、それ以上に日本軍内部の暴力的傾向は従軍経験者の多くが等しく語るところです。

意味もなく殴ることはほとんど日本軍内部では習慣的なもので、人権などという概念は皆無に近かったようです。また指導部でさえ、戦争犯罪に対する認識が乏しく、毒ガスの使用も中国戦線では広く行われていました。

しかし、日本軍の残酷さ野蛮さは軍隊固有のものというより、全体主義に傾いていた当時の日本という国自身の権威主義、軍国主義を色濃く反映したものでした。その意味で、スターリン主義のソ連、ナチ・ドイツは日本軍以上に苛烈な敵国への対応を行ったようです。

日本ではソ連により日本兵60万人がシベリアに抑留され多くの(おそらく3分の1程度の)死者が出たことや、満州にいた日本人にソ連兵が大規模な暴行、略奪を加えたことが記憶されています。

満州の日本人のソ連兵による災禍は筆舌に尽くしがたいものだったでしょうが、日本本土にソ連兵は上陸しませんでした。これに対しドイツ本土にソ連軍は進撃し、200万(正確な数字は把握のしようもないでしょうが)と推定される陵辱事件を起こします。

これでもヒトラーのナチ・ドイツがソ連でしたことの何分の一も復讐できていないとソ連では考えたようです。ナチ・ドイツに殺害されたロシア人は2千万から3千万におよぶと言われています。虐殺、暴行、処刑などあらゆる暴力が一般市民にも向けられました。

日中戦争で、日本軍により殺害された中国人は兵隊、市民合わせて5百万人とも1千万人とも言われています。正確な数は不明ですが、日中戦争が10年に及んだこと、補給が乏しかった日本軍が現地で略奪的な徴発を行ったことなどを考えれば、驚くほどの数字ではありません。独ソ戦の半分以下の数字です。

結論を急ぎましょう。南京事件自身の被害規模に対する中国側の主張は、事実の積み上げによるというより、断片的な事実を日本の侵略性、残酷性というストーリーでつなぎ合わせたものであり、正確なものとは言えないでしょう。南京事件に対して否定的な人の反証も、同様に部分的には正しいところを多く含んでいるでしょう。

しかし、かりに南京事件での被害者が20万人ではなく2千人程度だったとしても、日中戦争全体での中国人の被害者が1千万人ではなく10万人であったとは考えられません。中国人が日本軍により甚大な被害を被ったという事実は変わりません。

南京事件は「100人斬り」がヒーローを創ろうというフィクションだったように、日中戦争のシンボルとして創られた物語と言っても過言ではありません。しかし、「風と共に去りぬ」がフィクションだったからと言って、南北戦争やアトランタ陥落時の混乱と略奪がフィクションだということにはなりません。

100人斬りで処刑された二人の少尉や南京事件の責任を問われた広田弘毅にとっては、フィクションをベースに処刑されたことは不当です。だからと言って南京事件を全く否定することもできません。外国人宣教師、外交官が目撃した虐殺は、20万人虐殺の証拠ではなくとも、虐殺そのものの存在は証明しています。

何千万人という死亡者の数字を聞かされても、人間はあまり感情を動かされませんが、小説や映画で感情移入できる形で事件が語られると、怒りや憎しみが湧いてきます。南京事件は日中戦争という歴史の中で日本の侵略を物語として描くための題材なのです。

その意味で英語のRape of Nankingという言葉はComfort Women-慰安婦と並べることで、性的な文脈で生々しい感情をアメリカ人に引き起こす要素を持っています。アメリカ議会は再び日本への非難決議を可決するかもしれません。

日本はその時どうすればよいのでしょうか。悪いのは「「風と共に去りぬ」がフィクションだから南北戦争もフィクションだ」式の反論です。慰安婦問題の時は、このようなやり方は強い反発を招いてしまいました。

多分最善の策は何もしないことでしょう。東京大空襲もワルシャワ蜂起も、その事件だけを取り上げてアメリカやドイツをこと改めて非難したりはしません。一つの事件で戦争全体を語るやりかたは、それが事実だろうとそうでなかろうと結局は物語ですべてを語ろうとすることです。長続きがする性質のものではありません。

これは蛇足かもしれませんが、南京事件が「大虐殺」の意味のNanking MassacreよりRape of Nankingが一般的になったり、Comfort Womenいわば軍隊直営売春宿が注目されるのは、欧米ではゲイシャガールに象徴される日本人の性的嗜好への偏見がベースにあるからだと推察されます。

なぜか日本男性は欧米の主要メディア(というよりあおそらく一般のステレオタイプ)にもスケベと思われていて、東京発のニュースで痴漢男の検挙や、女性専用列車がもっと大きな事件を差し置いて話題になったりします。

南京事件は報道された事実が、物語のまま歴史としての事実になった一つの例でしょう。それは日本人にとって愉快な物語ではありません、しかし当時の日本人にとって心地よかった100人斬りの物語は二人の少尉と元首相を殺してしまいました。それでも私たちはいつも報道に物語を求めます。まるでそれは歴史に脚本があると信じているようでもあります
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この記事に対するコメント
南京空想事件について
こんにちは、南京空想事件について勉強している大学生です。
いくつか質問させていただいてよろしいでしょうか?

■どうやったら以下のような断定ができるのでしょうか??
>日中戦争で、日本軍により殺害された中国人は兵隊、市民合わせて5百万人とも1千万人とも
>言われています。正確な数は不明ですが、日中戦争が10年に及んだこと、補給が乏しかった
>日本軍が現地で略奪的な徴発を行ったことなどを考えれば、驚くほどの数字ではありませ>ん。

黄河決壊事件などで中国人が何十万人~何百万人もの中国人を殺したのに、日本軍の責任にされるなんて・・・
ひどく失望しました。
まさかとは思いますが、国民党軍が日本との駐留条約、停戦協定をことごとく破って日本人居留地を襲撃したことはご存知ですよね??

■外国の外交官や報道機関が終結する安全区画(面積たった3.86km²)の周辺で、何十万発の銃声が何日間も鳴り響いているのに、
東京大空襲や広島原爆の火力よりも大きな軍事活動の記録かないなんて!!!
しかも人の住んでいる南京城内は山手線の内側くらいの狭い場所で、その外は農地だった。
さあ、一般住民に対する軍事活動はどこに行ったのでしょうか???
どうやって外国人記者や外交官に目撃されずに「一般住民」を虐殺できたのでしょうか???
念のために確認しておきますが、日本人を襲撃してきた国民党軍との軍隊同士の戦闘はありましたよ。
国民党軍の指揮官は南京から敵前逃亡しましたがね。
その点、くれぐれも混同させないようお願いします。

■それに南京空想事件で2万トンの遺体を延々と処理しなければならないところ、なぜ写真が一枚も無いのでしょう???
焼却処分のための燃料は??
2万トンの遺体を焼却するための燃料は???
材木ですか?
石炭ですか?
重油ですか?
どうやって外国人の監視の下、「秘密裏に」このような膨大な燃料を日本から運搬しえたのでしょうか???
あるいは、どうやって外国人の監視の下、「秘密裏に」このような膨大な燃料を現地調達しえたのでしょうか??
日本人居留地を襲撃する国民党軍を殲滅するという最重要の戦略目標を犠牲にして??
補給路は海を越え、さらに内陸の敵地だというのに貴重な銃弾を最低でも30~40万発も犠牲にして??

失礼ながら、あなた御議論は非常に情緒的で、非科学的で、参考文献に乏しく、印象論に終始されているようです。
御返事は貴ブログ上で、論理的・科学的・歴史的資料を根拠にして、事実の有無を明確に、していただけると幸いです。

【2012/02/25 16:27】 URL | 名無しさん@ニュース2ちゃん #- [ 編集]


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墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便 (講談社

著者は、御巣鷹山日航ジャンボ機墜落事故の遺体収容作業の責任者。墜落現場の惨状は、今はなき「フォーカス」なんかの写真で見ていましたが、当事者の口から淡々と語られると迫力が違います。バラバラになったご遺体を何とか同定してご遺族に引き渡そうとする警察官、医師、 事件をあなたに捧げます【2007/10/06 01:46】

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