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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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メダカはなぜ群れる ゲーム理論と進化論
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池の中でメダカのような魚の群れを見ると驚くほど整然と統制のとれた泳ぎ方をしています。何十匹、何百匹の魚がまとまって泳ぎ、時々一斉に方向を変えるのを見ると、集団を指導するよほど優れたリーダーがいるのではないかと思えてきます。しかし、実際はそうではありません。メダカの群れは各々一匹一匹が自分の生存の利益を追求する結果として、あのように群れとしてまとまった動きをするのです。

ジョージ・ウィリアムズという生物学者が「生物はなぜ進化するのか」という著書の中で、魚の群れについて分析をしています。メダカのような小さな魚はいつも、より大きな魚や水鳥のような捕食者の脅威にさらされています。捕食者に襲われたとき、一匹だけでいるより群れでいれば、だれか一匹は捕らえられても他の魚は助かる可能性は高くなりす。仮に、10匹の群れなら食べられてしまう確率は10%ですが、100匹では1%になります。ですから、群れが大きいことは群れと群れの構成員のメダカに有利に働きます。

ところが、群れがあまり大きくなりすぎるとあまり好ましくない事態になります。群れは大きくなればなるほど、群れの構成員が食物を分け合うことが難しくなり、競争が群れ中で始まります。また、群れが大きくなると捕食者の目にとまる確率も高くなるわけですから、かえって危険が増してしまうかもしれません。

今群れにいるメダカの数に、捕食者の注意を引いたり食物をそれほど争わなくても良い程度に小さく、かつ捕食者に襲われたとき助かる可能性が十分に大きい最適規模があったとして、それが100匹だと仮定しましょう。群れの大きさが200匹になったとき、群れが取るべき戦略は群れを二つに分割することです。ところが個々のメダカにとっては群れを抜け出して一匹になることは自分だけが危険な目に会うことですから、そんなことはしません。メダカの中に指導層がいて、「このままではいけない群れを分割しよう」という決定を下せば良いのでしょうが、メダカの群れに指導層はいません。

結果として、メダカの群れは大きくなって規模の不利益が生じるようになっても分割されることはなく、何かのきっかけで群れの誰かが向きを変えると遅れないように一斉に向きを変えて整然とした回遊を続けることになります。実は指導者がいなくて、それぞれが自分勝手に行動していることがメダカが集団行動をとる原因だったというわけです。

このような集団の構成員が勝手な行動を取ることで、集団がまとまった行動を取ってしまい集団としての利益の最大化と各構成員の利益が損なわれてしまうのは、ゲームの理論で囚人のジレンマとよばれているものと同じです。囚人のジレンマは囚人同士が自分の利益だけしか考えないことで結果として、集団のそして自分自身の利益も最適化できないというものですが、生物学では囚人のジレンマの陰の主役として遺伝子がいると、ジョージ・ウィリアムズは指摘します。「利己的な遺伝子」(リチャード・ドーキンス)という本が出ていますが、自分の複製を沢山作りたいというのが遺伝子の性質です。逆に言えば、進化とはは自分の複製を作ろうという遺伝子間の戦いの勝者を決める過程だというわけす。

メダカの例に話を戻すとメダカの一匹一匹は自分の遺伝子の複製を残したいと思っています。自分が食べられてしまっては自分の遺伝子を残すことはできませんから、まず自分が生き残ることがメダカというより遺伝子の戦略になります。自分のためが遺伝子のためというわけでから、利己主義は遺伝子のせいと言っているのと同じことになります。これだけではどうも面白くありません。

ジョージ・ウィリアムズはここで蜜蜂の例を持ち出します。蜜蜂には雌である女王蜂と働き蜂がいますが、働き蜂は生殖能力はありません。したがって働き蜂は自分の遺伝子を残すことはできないように思えます。ところが遺伝子を残す手段は子供を作ることだけではありません。一つの蜂の巣の中の働き蜂は同じ女王蜂から生まれますが、実は父親にあたる雄蜂は遺伝子を一組しか持っていません。つまり全ての働き蜂は同じ父方からは同じ遺伝子を受け継ぎます。女王蜂の方は人間と同じで遺伝子を二組持っていますが、結局姉妹になる働き蜂どうしは遺伝子の75%が一致することになります。ちなみに人間のような父方、母方ともに遺伝子を二組持っていると、遺伝子が自分と一致する割合は親も兄弟も子供も同じで50%です。

働き蜂は巣が外敵から襲われると猛烈に戦います。戦って針を相手に突き刺すと自分も死んでしまいます。しかし、その結果巣が守られるなら自分の遺伝子は75%分は守られることになります。利己的な遺伝子という視点で考えると、利他的な働き蜂の戦いも、実は遺伝子にとっては利己的だといういうわけです。

人間は知能があるので、当たり前ですが100%遺伝子の命令で行動しているわけではありません。しかし、人間のような雌雄が分かれそれぞれ二組の遺伝子を持つような生物では、自己の利益の追求が遺伝子の目的とも合致します。利己主義は遺伝子主義と言っても良いのかもしれません。また、利己主義を集団の利益にどう一致させるかは囚人のジレンマをどう解くかにかかっているという点は人間もメダカも本質的な差はありません。「とかくメダカは群れたがる」とか言いますが、群れてしまう理由は結構深いものがあるのかもしれません。

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テーマ:進化論的組織論 - ジャンル:政治・経済

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