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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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それを言っちゃおしまいだよ
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羽田空港のハブ化が話題を集めました。前原国交相の発言がきっかけですが、都心に近く24時間離発着が可能な羽田を、4番目の滑走路ができるのを機会に、国際線を大幅に増便し、国内外を結ぶ本格的なハブ空港にしようというものです。

問題になったのは成田空港の位置づけです。従来の国際線は成田、国内線は羽田という住み分けがなくなり、成田空港の地位が危うくなると思われたのです。この件は、羽田や成田単独では首都圏の航空需要をまかないきれず、どちらの空港も活用を続けるということで、取りあえず落ち着きました。

しかし、成田空港の存在意義が問われたことで、成田空港の歴史の中での払われた多大な犠牲が改めて思い出せれました。成田空港建設には非常に強い反対がありましたが、それは並の公共事業の反対運動とは次元が全く違う激しいものでした。

成田空港は羽田の容量が限界になってきたことから(その予測自体が運輸省が天下り先を増やすために、埋め立てなどの拡張案を実現不可能としたためと言われています)、首都圏に第2空港を建設する必要が生じたことで計画されました。

ところが、大物政治家の関与や様々な思惑が交差した結果、当初有力だった富里ではなく成田に空港建設が行われることが地元に何の説明もなく発表され、事態はこじれます。成田空港建設の閣議決定が行われたのは1966年ですが、おりしもこの頃から1969年の日米安全保障条約改定阻止を目指す全共闘運動を中心にした、過激な反政府活動の時代になっていきます。

全共闘運動は東大入試の中止にいたった東大紛争を始め、激しい闘争を経て、日米安保改定阻止が失敗に終わったことから急速に勢いを失っていきます。しかし、一般の学生が次第に政治的関心を無くしていく中で、「過激派」と呼ばれた先鋭的な活動家たちは、ますます暴力的な運動にのめりこんでいきます。

過激派の活動家が日米安保の次のターゲットに選んだのが成田空港建設反対運動でした。過激派は空港建設反対の農民と共闘する形で、警察との衝突、空港施設の破壊など長年にわたる「成田闘争」が展開されていきます。

その中でも1971年に機動隊が過激派の奇襲を受け、3名の死者を出したのは痛ましい事件でした。過激派による機動隊員の殺害は、その翌年の赤軍派があさま山荘事件で2名を射殺(この他民間人が1名射殺されている)して以降は起きていません。 全共闘運動はプロ化の度合いを強めながら、成田空港建設で硬直的な対応を続ける政府との対立を深めていきます。

成田空港は、当初の滑走路3本の計画から1本だけの「日本の玄関」としては極めて不満足な状態で、計画より大幅に遅れた1978年に、何とか開港にこぎ着けます。その後も反対闘争は続き、現在でも3本の滑走路はおろか、第2滑走路が2,500メートルの予定を2,180メートルにしてやっと供用されている状況です(2009/10/22より2,500メートルに延伸)。成田闘争は完全に過去の歴史になったわけではありません。

こんな中で「成田空港見直し論」を言うなどとんでもないことだという空気があります。成田闘争では警察官の犠牲だけでなく、賛成派、反対派に分かれることで、地域のコミュニティーも破壊されてしまいます。成田空港の建設計画が青天のへきれきで発表されたことが、混乱の根本原因であることを思えば、いまさら、羽田が再び国際線の中心にするなどと平然と言うのは無神経にもほどがあると関係者が怒るのは当然と言えば当然です。

同じような構図は、やはり前原大臣が火を付けた、八っ場ダムの建設中止にも見られます。ダム建設が突然発表され、激しい反対運動が、住民の中で賛成派、反対派の対立を生み、地域コミュニティーを崩壊させた挙句に、「ヤ―メた」と言うのは何事かという強い反発が起きました。

前原大臣の唐突で「政治的配慮」をひどく欠いた物言いが、事態を一層こじらせたことは間違いありません。これは前原大臣の性格が大いに関係しているでしょう。永田メール事件の時も、あまり深い考えもなさそうな強気な発言をして状況を悪くしました。

しかし、羽田空港のハブ化、成田空港との内外分離の撤廃にしろ、八つ場ダムの建設中止にしろ、根回しをきちんとしたところで、騒ぎがそれほど小さくなったとも思えません。特に八つ場ダムのように工事に伴う利害がからむ場合は、説得に相応の見返りがなくては済みそうもありません。

それにしても、気になるのは「過去に大きな犠牲を払った以上、簡単には止めるべきではない」という理屈です。殉職した警官、引き裂かれたコミュニティー、それでも空港に、あるいはダム建設に賛成したのは「お国のため」という大義名分があったからです。それをいまさら撤回とは、あまりにも人を馬鹿にした話ではないか。そもそも死者に対し非礼ではないか。

これは感情論としてはわかりますが、国の政策を決める時、過去の犠牲を理由にすることは絶対に避けるべき態度です。戦前、日本が国際社会の強い圧力にさらされながら、満州の権益を手放そうとしなかったのは、日露戦争での莫大な戦費と10万人の戦死者という犠牲を無駄にするということが政治的にも感情的にも許されなかったからです。

満州の権益確保は中国との戦争へと進んでいきます。戦争は当然多数の戦死者を出し、それが「英霊に申し訳ない」という理由を一層強固にしていきます。戦死者に申し訳ないと言っていたら、戦争を止めることはできなくなってしまいます。

危険なのは、「過去の犠牲を無にするのか」という理屈は反論するのが難しい、と言うより反論自体を憚らせてしまうことです。本当は「過去の犠牲を無にするのか」というのは理屈でも何でもないただの感情論なのですが、面と向かって非難することは政治家もマスコミも避けようとします。

空港の役割分担も、ダム建設も、得られる利益と不利益のバランスで考えるのが基本です。過去の死者や関係者の苦痛を勘定に入れてはいけません。たとえ、それが10万人の戦死者であってもです。「過去の犠牲」を事業継続の理由にすることは、過去の犠牲を利用しようとしていることです。それこそ「死者への非礼」と言えなくもありません。あるいはただのアジテーションに過ぎません。「それを言っちゃお終い」なのです。
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