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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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イジメという喜劇
romeo-and-juliet.jpg


悲劇の主人公は美男美女

ロメオとジュリエットや心中天網島は悲恋を扱った名作として有名ですが、このような悲恋物は映画や芝居で上演されるときは決まって美男、美女が演じます。そうでなくては名作もぶち壊しになってしまうのですが、なぜなのでしょうか。

本来このような作品を人々が楽しむのは、主人公の環境に自分を重ねて感情移入することで、恋愛の疑似体験をすることができるからです。だからこそラブストーリーは若い人により好まれるのです。

しかし、リアリズムの観点に立てば、作品に登場する俳優、女優は非現実的なほど平均的な男女とはかけ離れた美男、美女です。自分と重ね合わせるのなら、並みの風貌の方が観客もより感情移入しやすいのではないでしょうか。

答えは明らかです。人は想像の恋愛の中では、「等身大」の自分などではなく、人並み外れた美男美女なのです。並みの風貌では想像の世界ではむしろ現実に合わず感情移入ができなくなってしまうのです。

そもそもなぜ人は感情移入などというものが可能なのでしょうか。世の中には身につまされる話というものがありますから、たまたま自分と似たような環境の話であれば判りますが、敵対する一族の娘に叶わぬ恋をして、窓の下から愛を告白するなどという体験は、それほど一般的ではないでしょう。

人間には他人の経験を自分のものと感じる能力が組み込まれています。これは脳内に「ミラーニューロン」と呼ばれる機能が、運動や言語を司る部分にあるブローカー野という所にあるからだと説明されています。

たとえば、綱渡りをしている人を見て足がむずがゆくなったり、人が殴られるところを見ると思わず首をすくめるのは、ミラーニューロンの働きだと考えられます。(ここから先は、当ブログで「脳科学なんてありません」とからかった疑似科学の領域になるかもしれませんが)感情移入はこのミラーニューロンの働きが感情レベルに広がったものと考えることができます。

死んだ恋人を前に泣き崩れる女優(の演技)を見て涙を流すのは、女優が演じている役の感情を頭の中でシミュレーションをしているからです。演技している女優も流す涙はほとんど本物です。女優は目の前の恋人(役の男優)が本当に死んでいるとは思ってはいませんが、実際に恋人が死んだ女性の気持ちをシミュレーションすることで涙を溢れさせることができます。

このような感情移入を人にさせることはそれほど難しくありません。主人公に美男美女を使うというような基本的な文法を守れば、「思いっきり泣けます」という悲劇作品を作ることは比較的簡単です。ミラーニューロンのあるブローカー野は人間だけでなく、他の動物にもあります。悲劇に感情移入するというのは人間性の奥深くに組み込まれているようです。

喜劇は他人事だから楽しめる

悲劇が感情移入で楽しむものなら喜劇はどうでしょうか。喜劇は感情移入の逆に他人事だから楽しむことができます。バナナの皮で滑ったり、爆弾が爆発して煤だらけの顔になった役者を見て笑うのは、自分事ではないからです。ミラーニューロンを働かしてしまったら、笑うどころではないシチュエーションです。

他人事である限りは、何が人の身に起きようと笑ってしまう。これもまた人間の本質と考えてよいでしょう。美男美女ではどうしても自分自身に重ね合わせてしまう(!)ので、感情移入のできない全くの他人であるためには、喜劇俳優は悲劇の主人公とは逆に美男美女でない方が都合が良いことになります。

古典落語で身体的障害者をからかう題材は数限りがありません。同じようにアメリカでは人種差別的なジョークが一番強烈な笑いを誘います。どちらも今では放送など公の場では笑いの種にすることは許されなくなっています。一番強烈な笑いは現代では反社会的な物と考えられているのです

いじめほど面白いものはない

障害者の肉体的欠陥を嘲ったり、他の民族の顔形や風習をからかったりするのは許されることではありません。このようなものを笑いの種にできなくなったのは社会の進歩と言ってよいでしょう。しかし、社会的に禁じても人間の本性がいきなり変わるものではありません。

人を差別したい、人と違うところがあれば馬鹿にしてやりたいという気持ちが、そのまま噴き出すのがイジメです。「変わっている」「人と違う」要するに「感情移入できる対象ではない」ことがイジメるためには必要です。当たり前ですが人は全て同じではないのですから、誰でも「人と違う」と言われてイジメられる危険にさらされています。

イジメは誰でも加害者にも被害者にもなります。しかし、加害者を支えているのはイジメに参加しないことで自分自身が「人と違う」と思われてイジメの対象になってしまうという恐怖心と、何よりもイジメの快楽です。イジメはパイ投げ合戦の映像を見て大笑いするよりずっと面白いのです。何しろ目の前で本物の人間が苦しんでいるのですから、これほど臨場感のある喜劇はありません。

イジメが人間の本性に根ざしているということは、イジメを止めるには「ミラーニューロンを働かせて相手に感情移入しなさい」つまり「相手の身になって」などと言っても大して効果がないということです。イジメを止めさせるには、路上で強姦が勝手に行われるのを阻止するのと同じで、一定の秩序が必要です。

イジメの本性は昔からあったはずですが、現在の学校は昔のような権威主義的な秩序がなくなったことが、イジメがより多くなった、あるいは表立って行われるようになった原因だと考えられます。権威主義的な秩序がなくなるのは、もちろん悪いことばかりではありません。昔と比べ生徒が教師に自分の意見を、よりはっきり言えるようになったのは、好ましいことと考えてよいでしょう。しかし、そのような教師の権威の低下が、イジメの増加、あるいは教室崩壊、モンスターペアレンツの跋扈を招いているのは多分確かなことです。

一番イジメたいのは自分より優位にある人

美男美女は喜劇の対象になりにくいのですが、美男美女がひどい目に会うということが、より大きな笑いを誘うことがあります。これは、自分よりすぐれたものがひどい目に会うのを喜ぶという感情に根ざしていると考えられます。

美男美女だけではありません。政治家、成功したビジネスマン、その他有名人などは何かヘマをしでかすと、集中的に執拗な攻撃を受けることがよくあります。イチローがWBCで決勝打を放っても報道されるのは翌日だけですが、芸能人の覚醒剤汚染などは何日、何週間にも渡って報道されます。

これはマスコミが自分より優位にある人間をイジメたいという一般の劣情に媚びているからだと考えられます。報道する価値がどうかというより、有名人が困難な状況にあるのを見て人が喜ぶということが良くわかっているのです。

これに対抗するには、相手が感情移入しやすい状況を作って、悲劇的な話を仕立てという方法があります。覚醒剤使用で逮捕された酒井法子は記者会見で涙をみせて非行を詫びましたが、その記者会見を見て少なからぬ人がある程度の同情をしました。もし酒井法子があれほどの美女でなければ状況はずいぶん違ったはずです。「美人」は得なのです。

人間の嫌なところばかり書いてしまったような気もしますが、感情移入があるから遠い国の孤児たちにも助けの手を伸ばそうとするのですし、他人事だから笑い飛ばすという能力も、仲間内の結束を高める働きがあります。悲劇は独りで泣けますが、喜劇は沢山で見た方がより笑えます。テレビ番組で笑いを誘おうと笑い声を効果音に使うのは、笑いは集団心理が働くということを製作者がよく知っているからです。有名人を叩くだけ叩くという傾向さえ、偶像化を防ぐという働きもあります。

ただ、イジメだけは何の効果もない社会の害毒です。自分と違う者を排除し攻撃するというのは、人類の長い歴史の中で、部族間の生存競争の結果として身についてしまったものなのでしょう。そのような過去の名残は文明が人間のもつ様々な欲望を秩序の中に押し込めてきたように、むき出しにさせるのを避けなければなりません。他人事を笑うのはできれば本当の喜劇にとどめて置きたいものです。

参考:
イジメ自殺の深淵
体罰で学校は良くなりますか?
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この記事に対するコメント
ほんとうですか?
>これはマスコミが自分より優位にある人間をイジメたいという一般の劣情に媚びているか
>らだと考えられます。報道する価値がどうかというより、有名人が困難な状況にあるの
>を見て人が喜ぶということが良くわかっているのです。

果たしてそう言えるでしょうか。
悪事のニュースが長引くのは、ほとんどの場合、事件内容の整合性がとれるまで随分と時間を要するので、事実が明らかになるのが必然的に遅いからだと思います。
また、事件自体は突発的な行動の積み重ねが多く、時系列で行動の因果関係を結びやすく、演繹的アプローチであるため、単純にわかりやすいことも理由の一つでしょう。

イチローの活躍のニュースが長々と報道されないのは、まず事実は隠されているわけでもないので、明らかになるまで長くなりません。
また、例えば2000本安打の理由を事細かに説明しようとしても、練習内容との因果関係ははっきりしないでしょうし、どちらかというと帰納的なアプローチでしか説明できないので、わかりやすくはないでしょう。

さらに大きな両者の差は、前者は人々が単純に想像できないことにあります。
要は、前者は謎解きの要素を含みますが、後者にはそれがなく、見る前からほとんどの因果関係が明らかなので、それほど興味は引けないでしょう。
【2010/01/06 17:42】 URL | so #- [ 編集]

Re: ほんとうですか?
so様、

ご指摘の部分は、多少文章のアヤもあったので、おっしゃるようなことも一面真実だと思います。ただ、酒井法子の事件でも、世間が異常に盛り上がったのは、(特に後半は)有名人に対するイジメに入っていたように思えます。有名人が関与したことを除くと単純でありふれた事件なのに、酒井法子の過去の全てを暴こうと世の中は張り切ったようです。



> >これはマスコミが自分より優位にある人間をイジメたいという一般の劣情に媚びているか
> >らだと考えられます。報道する価値がどうかというより、有名人が困難な状況にあるの
> >を見て人が喜ぶということが良くわかっているのです。
>
> 果たしてそう言えるでしょうか。
> 悪事のニュースが長引くのは、ほとんどの場合、事件内容の整合性がとれるまで随分と時間を要するので、事実が明らかになるのが必然的に遅いからだと思います。
> また、事件自体は突発的な行動の積み重ねが多く、時系列で行動の因果関係を結びやすく、演繹的アプローチであるため、単純にわかりやすいことも理由の一つでしょう。
>
> イチローの活躍のニュースが長々と報道されないのは、まず事実は隠されているわけでもないので、明らかになるまで長くなりません。
> また、例えば2000本安打の理由を事細かに説明しようとしても、練習内容との因果関係ははっきりしないでしょうし、どちらかというと帰納的なアプローチでしか説明できないので、わかりやすくはないでしょう。
>
> さらに大きな両者の差は、前者は人々が単純に想像できないことにあります。
> 要は、前者は謎解きの要素を含みますが、後者にはそれがなく、見る前からほとんどの因果関係が明らかなので、それほど興味は引けないでしょう。
【2010/01/07 11:36】 URL | RealWave #- [ 編集]


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宮下杏奈 酒井法子

『月刊精神分析』 2010年1月号 心的遺伝子論 精神分析的産み分け法 ... http://lacan-msl.com/hikou2/ 月刊精神分析2009年7月号 非行と家庭内暴力. http://tokyo-mtl.com/sakai-noriko/ 月刊精神分析2009年8月号酒井法子覚せい剤所事件と分析理論. http://lacan-msl.com/... かわいい【2010/01/04 04:03】

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