ビジネスのための雑学知ったかぶり
ビジネスでも雑学は重要! 知っていると少しは役に立ったり、薀蓄を自慢できる話題をご紹介
プロフィール

RealWave

Author:RealWave
Twitterアカウントはrealwavebabaです。

馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

ご連絡はrealwaveconsulting@yahoo.co.jpまで

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

お客様カウンター

Since 2009/10/21

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本はイギリスになれるか (1)
British20Lion.jpg


「日本はイギリスになれるか?」と言うと、「何でいまさらイギリスなんかになりたいの?」の聞き返されそうです。確かに、イギリスは人口、GDPは日本の半分以下、ジャガー、ローバー、ロールス・ロイスなどの有名な自動車メーカーは全て外国に売り払われ、日本で有名なブランドといえばダンヒルくらいです。実はダンヒルも今はフランスのリシュモン・グループの傘下でイギリス資本の会社ではありません。

多くの日本人には「英国病」と言われた1960年代から80年にごろにかけての極端な経済の不振がまだ印象に残っています。当時の英国は「ゆりかごから墓場まで」という福祉国家を実現したものの、国有化された鉄鋼、鉄道、石炭などの主要産業が労働組合の専横と経営努力の欠如から国際的な競争力を失っていました。

世界最初のジェット旅客機のコメットを送り出した航空機産業も、コメットは予期しない機体の金属疲労で墜落が相次ぎ、アメリカの航空機メーカーに市場を奪われていきました。起死回生を狙ってフランスと共同開発したコンコルドは、莫大な開発費を投じた挙句、運用費の高さ、騒音、少ない乗客数などの欠点のため市場は小さく、後継機をうみだすことはできませんでした。現在でもマンチェスターなどの昔の産業都市は過去の賑わいはなく、ロンドンだけが国際的な都市として繁栄しています。「日の沈むことがない」と言われ、世界の陸地の総面積と人口の5分の1を支配した大英帝国の面影はどこにも残っていないように思えます。

しかし、かつてイギリスは紛れもなく日本の目標であり手本であったことがありました。日本人はイギリスが大陸から離れた島国であること、本国の面積は小さく資源に乏しいこと、国民が勤勉で教育熱心であることなどの多くの共通点があると考えました。イギリスが王室を持っていることも親近感を深めました。現在の皇室は伝統的な部分と西洋的な部分と二面を持っていますが、西洋的な部分は明らかにイギリスをモデルにしています。

日本がもっともイギリスを意識したのは大日本帝国という呼称でしょう。これは大英帝国(British Empire)に倣って、日本もいずれはイギリスのように日の沈むことのない大帝国を築きたいという思いをこめたものでしょう。ただ皮肉なことに、日本が日清、日露戦争さらにその後の日韓併合を通じて領土の拡大を始めたとき、イギリスは1901年のオーストラリアの独立など次第に領土を縮小し、コモンウェルスとして緩やかな統合に向かっていくことになります。

大日本帝国が膨張主義に突き進もうとしていたなかで、イギリスは新たな脅威に直面していました。ヨーロッパでは19世紀に統合を果たしたドイツ帝国は20世紀に入り工業力ではイギリスを凌いでいました。また、広大な国土と莫大な人口を持つアメリカ合衆国とロシアが力を増していて、20世紀はアメリカとロシアの世紀だと言われていました。イギリスでは単独では世界的な覇権を維持することは困難となり、他国との連携と対立のバランスを絶妙に取る、バランス・オブ・パワーを外交政策の柱にすることになります。

日本の経済的頂点は1980年代だったことは今となれば間違いありません。1980年代の後半には日本のGDPは円高の影響もあって、人口が2倍のアメリカの70%に達し、ドイツ(西ドイツ)、フランス、イタリア、イギリスの合計額に近づきました。半導体の世界シェアは1988年には50%を超え、乗用車を始めあらゆる製品で世界制覇が達成されそうな勢いでした。ニューヨークのロックフェラーセンターを三菱地所が買収し、ワイキキビーチに並ぶホテルはほとんど日本人の所有になりました。

70年代初めアメリカの未来学者のハーマン・カーンは21世紀は日本と予測しましたが、エズラ・ボーゲルは1979年「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を著し、日本の影響力の大きさを警告しました。最初は半信半疑だった日本人も次第に「自分たちは大したものではないか」という気分になってきました。1986年にはソニーの盛田、現都知事の石原が「ノーといえる日本」で「日本の半導体なしではアメリカはやっていけない」と気炎をあげましたが、アメリカ人の受け止め方も「その通りかもしれない」というように変化してきました。

1980年代の後半、日本のGDPの世界でのシェアは、ほとんど20%になっていたと思われます。これは大英帝国の最大時の世界の面積と人口に占めていた割合とほぼ一致します。日本は全盛期の大英帝国についに追いついたとも言えるかもしれません。司馬遼太郎の書いた「坂の上の雲」が手元に届いたと感じられたのが1980年代の日本だったのです。(続く


日本はイギリスになれるか (1)
日本はイギリスになれるか (2)
日本はイギリスになれるか (3)
スポンサーサイト

テーマ:進化論的組織論 - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://realwave.blog70.fc2.com/tb.php/56-ba5f1466
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

成功の秘訣!第四四話 専横はつつしむべきだ

「専横」とはどういうことであろうか?これは「もっぱら横において通ずる」という意味... 成功の秘訣!ツキを呼び込む100の法則【2006/11/26 16:57】

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。