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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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チューリング・テスト
turing.jpg
アラン・チューリング
チューリング・テストは、コンピューター科学の父と言われるイギリスの数学者アラン・チューリング(1912-1954)が考えた、機械が人間と同様の思考を行うことができるかどうかをテストする方法です。チューリング・テストでは判定者がカーテンの向こうの機械と人間の両方に質問をいくつも投げかけて、最終的にどちらが機械か人間か判定できなければ、機械はチューリング・テストに合格した、つまり知能を持っていると考えます。テストはキーボードで質問を入力しプリンターかスクリーンで答えが返されるので、声で人間か機械かを判断されることはありません。

チューリングは西暦2000年ごろ、100MBのコンピュータがあればテストに合格することができるのではないかと考えたようですが、現在にいたるまでテストに合格した機械(コンピューター・プログラム)はありません。もっともチューリングがチューリング・テストの論文を書いた1950年当時では、100MB といえば天文学的というのとほとんど同義語で、チューリングが具体的にチューリング・テストに合格するプログラムの構想を持っていたわけではありません。アメリカのヒュー・ロブナーはロブナー賞を創設して、10万ドルの賞金で毎年チューリング・テストのコンテストをしています。このコンテストでは審査員がチューリング・テストのルールで判定を行って、半数以上の審査員の判定を通り抜ければ合格になります。

チューリング・テストについては、そもそも機械が「知能」を持つという証明になっているのかということも含め、当初から様々な反論が出ていました。チューリング自身もチューリング・テストのアイデアを書いた論文を友人に笑いながら読み上げたという話もあります。それでも、「知能」という漠然とした概念をチューリング・テストの合格という「操作的」な定義に置き換えることで、コンピューターでの知能実現の議論を推し進める上で、チューリング・テストは大きな力がありました。

チューリング・テストに完全に合格するプログラムをはないのですが、人間に機械に対し擬人的な感情を持たせることは可能です。1966年に開発されたElizaというプログラムはキーボードから打ち込んだ質問に対し「もっと詳しく言って」「それでどうしたのですか?」「他に理由はないのですか?」といった答えを適当に返すだけなのですが、多くの人を本物のセラピストと会話しているような気持ちにさせることができました。Elizaを機械とは知らず会話した人は、涙ぐむことさえあったそうです。実はElizaはセラピストの代わりをするために開発されたのではなく、おざなりな言葉しかかえさないセラピストへのパロディーとして作られていたようなのですが、それでも知能を十分に有しているように見られたのです。(Elizaを試したい人は英語ですが、http://www-ai.ijs.si/eliza/eliza.htmlを参照)

人工知能(AI: Artificial Intelligence)という言葉は、1955年にジョン・マッカーシーというコンピューター学者が言い出したのが最初とされていますが、機械が人間と同じように思考できるのではないかという思いは、コンピューターが登場したときからありました。人工知能の実現は最初はかなり楽観的に考えられていました。コンピューターがビジネスでも使われるようになり始めた1950年代後半には、「ビル丸ごとの大きさのコンピューターを作り、都市ほどの電力を供給し、ナイアガラの瀑布を冷却水に使えば」人間の脳と同等の能力を作ることができると言われていました。要するにハードウェアが高性能になれば人工知能は作ることができると思われたのです。

その後ハードウェアは急速に進歩して、1950年代には冷却にナイアガラの瀑布を使用しなければいけないような回路数はPCにも搭載されるようになりましたが、一般の人が人工知能に期待するレベルの能力は全く実現されていません。Elizaのように人間側が機械を人間性を持つように考えてしまうということはあり、たとえばゲームで機械相手にいらだったり、怒ったり、優越感を感じることはあるでしょうが、ゲームのプログラムが知能そのものや、まして「意識」を持っていると思う人はあまりいないでしょう。

知能だの意識だの難しいことは言わないから、自動翻訳くらいできないかという要求はあるのですが、満足からはほど遠い、と言うよりここ数十年画期的な進歩はほとんどないといのが現状です。翻訳する分野を絞込み、ある程度使い込めば、そこそこは使えるのですが、汎用的とは言えませんし、時としておそろしくトンチンカンな訳語を作ってしまうことに変わりはありません。人間でも、専門的な内容を訳すには専門知識が必要ですし、滅茶苦茶な訳文はいくらでも作ってしまうのですが、コンピューターとは間違い方そのものが違っています。人間が間違うのは「内容が理解できないから」なのに、コンピューターが間違うのは「蓄積されたルールと適合しない文章」を訳す場合だからです。

結局、人間は1)認識し 2)理解し 3)理解に基づいて行動(たとえば翻訳)するのに、コンピューターは依然として2)の理解というプロセスはありません。理解の代わりに、パターンとの照合、評価関数による順位付けなど色々なテクニックをつかっているだけで、本質的な理解、意識の実現に少しも近づいてはいないのです。

このような言い方をすると「理解するとか、意識するとかの定義を示して欲しい」という反論もでてきます。確かに、チューリング・テストのような「操作的」な定義なしで、理解だ、意識だと勝手に使われても困るのかもしれませんが、「定義すらできない」「定義が山ほどあって統一的なものはない」ほど「理解」「意識」の中身はわかっていないのです。

中身もわからず、闇雲にインターネットでコンピューターを沢山連結して何か知能みたいなものができるのではないかと期待するのは、中世の錬金術師と同じです。錬金術師は金以外の物質から金を作るために、ありとあらゆる物質を混合し、熱したり、圧力をかけたり、衝撃を与えたりしました。もちろん金を作り出すことに成功することは誰もできなかったわけですが、「できないことの証明」は金が元素であること、元素は化学合成ができないことがわかるまでできませんでした。
alchemist.jpg
中世の錬金術師
「知能」も「意識」も実体が明確に定義できないうちは実現は不可能でしょう。チューリング・テストというのは、金とある物質を並べて、さわったり、匂いを嗅いだりして、金とその物質の区別ができなければ金だといっているのと同じで、金そのものを定義しているわけではありません。金が元素だということがわかって、はじめて金を他の物質から生成する可能性がでてくるように、理解、意識の本質的な中身がわからないのに「本物」の人工知能作り出すことはできないでしょう。

「原理のわからないものは作ることはできない」というのは全く当たり前の話だと思います。ところが、コンピューターが登場して以来、人工知能への期待はマスコミ、一般レベルではなく、専門家の間でもかなりまじめに議論されてきました。錬金術が実用上多くの技術を生み出し、化学(Chemistryは錬金術Alchemyが語源)の基礎になったように、人工知能実現の努力が様々な技術を生んだのは事実です。一太郎のATOKもYahooの検索技術も自然言語解析の成果が使われています。しかし、そのような技術的派生物ではなく、「人工知能を実現する」という名目で巨大なプロジェクトが動いたことがありました。1980年初期の日本の第5世代コンピュータ開発プロジェクトです。

第5世代コンピューターというのは、1970年代のコンピューターを第3世代とか3.5世代とかよんでいたため、第4世代も飛び越えて当時世界のコンピューター市場で圧倒的だったIBMを打倒するコンピューターを作ろうという日本の国策プロジェクトでした。国家主導の産業政策の有効性はここでは議論しませんが、驚くべきことに第5世代では人工知能を実現しようという謳い文句でプロジェクトが企画、実行されたのです。

結果は10年の歳月と570億円を投じてできあがったのは並列型推論マシーンと称する、ビジネス上も学問上の全くといっていいほど価値のない鉄の箱でした。もちろん、人工知能は実現などはしませんでした。おそらく当事者はプロジェクトの目的は人工知能の実現ではなく、従来型とは違う応用分野を持つコンピューター技術の開発だったと主張するでしょうが、人工知能の実現という思い込みが予算獲得に絶大な効果を発揮したことは間違いありません。日本政府は錬金術師に多額の資金を提供した中世の王様と同じようなことをしたわけです。

話が少し脇道にそれてしまいました。チューリングは知能、理解、意識というものの根本的な原理を知ることが難しいということを知っていたからこそ、チューリング・テストを考案しました。それから50年以上が経過して、コンピューターの性能はチューリングが夢に描いたレベルを超えるまでになりましたが、チューリング・テストを不要にするような、知能の根本的な原理の解明は進んでいません。意識にいたっては、チューリング・テストのような操作的な定義すらないのです(意識という存在は錯覚にすぎないという人もいますが、「錯覚しているという意識がある」ということなのでしょうか)。人間の脳は、依然として一番奥深いところで、人知をはるかに寄せ付けないのです。
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テーマ:進化論的組織論 - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント
いつもみています
初めて書き込みます。ちょくちょく拝見しております。これからも遊びにきます!
【2008/10/20 22:09】 URL | hana #- [ 編集]

こんにちは
がんばってください!http://yahoo.co.jp
【2008/12/10 03:55】 URL | こんにちは #Ynuubybo [ 編集]


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