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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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蛇足ですが・・・モンティ・ホール問題の不思議
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(「モンティホール問題」の続き)モンティ・ホール問題は別名モンティ・ホール・パラドックスとかモンティ・ホール・ジレンマとも呼ばれて、何度も議論されてきました。しかし、ベイズの定理やデシジョン・ツリーなどでモンティ・ホール問題はちゃんと解決されています。論理的にはパラドックスでもジレンマでもありません。疑り深く、コンピューターでシミュレーションをしたり、実際にコインと3つのカップのような模型を使って、友人と二人で実験してみても、答えは残っているドアに変更したほうが2倍有利(新車獲得の確率が3分の1から3分の2になる)というのは簡単に確かめられるので、疑う余地はありません。しかし、どうしても納得できない気持ちが残る人も多いのではないでしょうか。

釈然としない気持ちにさせる原因の一つは、ドアを開けるのは答えを知っている司会者のモンティ・ホールの意志によるものだということです。もし、モンティ・ホールが開けたのではなく、風か何かで偶然ドアが開いてしまって、そこに「たまたま」ヤギがいたら残りのドアの後ろに新車が隠れている確率は3分の2になるのでしょうか。

もし「たまたま」ドアが開いて「たまたま」そこにヤギがいたのなら、残りのドアに新車がある確率は3分の2ではなく、最初に多くの人が間違えた答え50%になります。これを先ほどのコインとカップのような模型を使った実験に置き換えて考えてみると、何度も実験を繰り返すと「たまたま」開けたドアには3分の2の確率でヤギがいますが、3分の1の確率で新車があります。新車がでてきたら、慌ててこっそり(回答者はまだヤギを見ていないとします)ヤギと新車を入れ替えてしまうとしましょう。そうするとこれはモンティ・ホールの最初の形と同じになるので、残りのドアに新車がある確率は3分の2になります。つまり、今や残りのドアはもともと持っていた新車が隠れている3分の1の確率に、こっそり開けたドアから譲り受けた新車が隠れている3分の1の確率を合計した3分の2の確率を持つからです。

誰かがこっそりヤギと新車を入れ替えるようなことをしなかったらどうなるでしょう。この場合はコンピューターや模型を使ったシミュレーションでは「たまたま」新車があったときにどうするかを、きちんと決めておかなくてはいけません。もし、「たまたま」新車があったら、そのゲームは「なし」ということにすると、3回に一回はゲームは無効になります。残った3回に2回のゲームでは、回答者が選んだドアと残ったドアの後ろに新車が隠れている確率は2分の1づつで同じになります。これは「こっそり入れ替える」という「知っていてヤギのいるドアを開ける」と同じことをしなかったためです。

しかし、ここで疑問が起きます。コンピューターを使うにしろ、模型を使うにしろ、3分の2とか2分の1とかの確率が得られるためには、それなりの数を繰り返さなければならなりません。何度も繰り返すと、「たまたま」開けたドアに新車が隠れている時ゲーム無効とするルールが意味を持ってくるわけです。ではゲームが1回限りならどうでしょうか。ゲームが1回限りというのは、まさに本物のテレビ番組のルールです。このとき、司会が「意志を持って」ドアを開ける前に、何かのはずみで「たまたま」ドアが開いてしまって、そこにヤギがいたらどうでしょうか。司会者は自分がドアを開ける前に開いてしまったドアにヤギがいるのを見て「良かった。新車のドアが開いたら全部やり直しのところだった」と胸をなでおろします。「たまたま」ドアが開いて、「たまたま」ヤギだったいうことですが、 それとモンティ・ホールが「意志を持って」ドアを開けたのと違いがあるのでしょうか。

ドアを100枚にしてみましょう。オリジナルのモンティ・ホール問題のルールに従えば、まず1つのドアを自分で選び(新車がある確率は1%)、残りの99のドアのうちヤギが隠れているドアを司会者は親切にも98開けてくれます。99のドアの後ろに新車が隠れている確率は大変大きい(99%)ので、司会者はまず新車の隠れているドアを見つけて、残りのドアを気前良く開けることになるでしょう。

今度は99枚のドアを司会者ではなく回答者が開けることにします。99枚のドアをうち98枚まで開けていきます。途中で新車の隠れているドアを開けたらそこでゲームはおしまいです。もちろん新車はもらえません。さて、極めて運が良いことに回答者が開けた98枚のドアには全てヤギがいました。今残っているのは99枚の最後の1枚のドアと、回答者が最初に選んだドアの2枚です。ドアを交換する意味があるでしょうか?これはないですね。残った2枚のドアの後ろに新車が隠れている確率は2分の1です。むしろ、気分的にはここまでヤギばかりが続いたのは、実は自分が最初に選んだドアの後ろに新車があることに他ならないのではないだろうかと思えるのではないでしょうか。

上のケースで考えると、司会者がドアを開けてヤギがいるのと、回答者が開けてヤギがいるのでは決定的な違いがあることがわかるでしょう。回答者が開けたドアにヤギがいると、回答者の最初に選んだドアに新車が隠れている確率は大きくなります。確率が大きくなる量は、回答者のドアも残されたドアも同等です。つまり、回答者が最初に選んだドアと、他のドアは同じグループです。

ところが、司会者が開けたドアにヤギがいても、回答者の最初に選んだドアの後ろに新車がある確率は大きくなりません。確率が高まるのは回答者が選ばなかったドアです。回答者の選んだドアと残りのドアは別のグループということになります。

それでは、ドアを開けたのが司会者でもなく、回答者でもなく風か何か他の偶然だったらどうなるでしょう。回答者と同じだというのが、答えなのでしょうが、司会者が開けたときとの違いはピンと来ない人が多いのではないでしょうか。もしろん、素直に受け入れても構わないわけですが・・・。
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テーマ:意思決定 - ジャンル:政治・経済

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