ビジネスのための雑学知ったかぶり
ビジネスでも雑学は重要! 知っていると少しは役に立ったり、薀蓄を自慢できる話題をご紹介
プロフィール

RealWave

Author:RealWave
Twitterアカウントはrealwavebabaです。

馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

ご連絡はrealwaveconsulting@yahoo.co.jpまで

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

お客様カウンター

Since 2009/10/21

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バンビーノの呪い
Babe20Ruth.jpg
レッドソックス時代はピッチャーだった
西武の松坂投手に対し、ポスティングという名前の競売で約5千万ドル、日本円で60億円の値段でボストン・レッドソックスが入団交渉権を落札しました。おそらく松坂投手は来年はレッドソックスでプレーをしていることになるのでしょうが、この話題に関連して、レッドソックスの「バンビーノの呪い」の話が良く出てきます。

バンビーノというのはベーブ・ルースの愛称なのですが、ベーブというのも愛称(ただしMLBの登録名はベーブ・ルース)で、本名はジョージ・ハーマン・ルースJr.、1895年にボルティモアで生まれています。ベーブ・ルースは、もちろんアメリカの野球史上で伝説的なホームランバッターで、生涯記録714本のホームランはハンク・アーロンが破るまで、34年間歴代トップでした。ホームランだけでなく3割4分2厘の生涯打率は歴代9位。時代は違いますがイチローのメジャーリーグでの平均打率が3割3分1厘ですから、コンスタントにも打てた大打者でした。

ベーブ・ルースはメジャーリーガーとしてのキャリアを1914年ボストン・レッドソックスで始めるのですが、最初はピッチャーでした。それも通算成績94勝46敗、防御率2.28ですから、並以上のピッチャーだったといえます。1916年には23勝12敗で防御率1.75でワールドシリーズ出場に貢献。ワールドシリーズでは14イニング無失点の記録を持っています。

そのベーブ・ルースを1920年レッドソックスは12万5千ドルの現金と30万ドルの貸付の合計42万5千ドルでニューヨークヤンキースに売り渡します。理由は色々あるようなのですが、主にレッドソックスのオーナーのハリー・フレイジーがブロードウェーミュージカルの製作費用を捻出すためと、レッドソックスのホームグランドの間借りしていたフェイウェーパーク球場の権利を確保したかったためと言われています。

レッドソックスの時はピッチャーとして活躍したベーブ・ルースですがヤンキースに移ってからはバッティングでチームに貢献します。もっとも移籍の前年1919年はピーチャーとしては9勝5敗、バッターとしてホームラン29本、打率3割2部2厘でヒット139本を打っていますから、レッドソックスに残っていてもバッターとして活躍するようになっていたでしょう。

それでも、ヤンキースに移籍した年はホームラン54本、打率3割7部2厘という驚異的な成績を残す一方で、ピッチャーとしても出場し1勝0敗、防御率4.50の記録を残しています。しかし、さすがにこれではバッターとしての方がチームへの貢献度が大きいということになったのでしょう。以後はバッター稼業に専念しています。ところが選手生命も最後のほうになった1930年と1933年、ルースは突然ピッチャーを、それぞれ1試合づつやっています。結果は3点、5点の失点があったものの勝利投手になっています。どちらの年も打率は3割以上、ホームランは49本、34本打っていますから、打者としてはちゃんと活躍していたわけで、大したものです。もっとも相手の打者が気後れした可能性がないわけではありません。

ルースはヤンキースに1934年までいましたが、1935年の選手生活最後の年はボストンに戻ります。もっともこのときは古巣のレッドソックスではなく、今はアトランタにフランチャイズを移したブレーブズでセンターを守りました。成績は28試合に出場して6本のホームランを打ち、打率は1割8部1厘でした。

「バンビーノの呪い」という奇妙な都市伝説が話題になり始めたのは1990年ごろからのようです。ルースが移籍されるまではレッドソックスは毎年のようにワールドシリーズに出場する強豪チームでした。これに対しヤンキースは球団創設以来一度もワールドシリーズに勝ったことがなく、格落ちのチームでした。

ルースが移籍した後はヤンキースはルースの活躍もあり、何度もワールドチャンピオンになります。ところが、レッドソックスはワールドチャンピオンどころか、ペナントレースにもなかなか勝てず、1918年のワールドチャンピオンを最後にワールドシリーズに勝てないチームになってしまいます。その中には、後2試合のうち一つ勝てば良いのに、といった状況であっさりに連敗したり、何かに呪われているのではないかというほど、勝てなくなってしまったのです。

結果的には2004年にワールドチャンピオンになることで「バンビーノの呪い」は86年ぶりに解けたことになるのですが、ベーブ・ルースを40万ドルで売ってしまったことが、ひどく損な取引だったことは間違いありません。もっともルースの40万ドルと松坂の5千万ドルを直接比較することはやや無理があるでしょう。

1920年ごろの40万ドルは消費者物価の換算では3百万ドルくらい、一般の給与水準を考えると2千万ドルくらいです。また、メジャーリーガーの給料との比較となると、当時のベーブ・ルース自身の年俸が1万ドル(それを2万ドルに上げろと言ったのが、オーナーのフェイジー放出を決断した理由の一つとも言われています)で、それを考えると40万ドルは数億ドルに匹敵するかもしれません。貸付金を除いた現金だけでも年俸の10年分以上ですから、イチロークラスの選手ならそれだけでも百億以上に相当します。

ま、こんな議論は松坂投手はベーブ・ルースを討ち取れるか、といった類の話と同じであまり意味はないのでしょう。しかし、ベーブ・ルースに付けられた40万ドルというのは、6年間の投手としての実績に対するものだったのでしょうか。それともバッターとしての将来性に対するものだったのでしょうか。このあたりは今となっては良くわからないようなのですが。
スポンサーサイト

テーマ:意思決定 - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://realwave.blog70.fc2.com/tb.php/65-9cd4d3a9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。