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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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日の丸コンピューターを再評価する (1)
ibm-system-360.jpg
IBMはシステム360でコンピューター産業の覇権を確立した

日経ビジネスの2006・11・27号の特集は「電子二等国ニッポン 国策IT(e-Japan)の敗戦」と題して「国産コンピューターメーカー」富士通、日立、NECそれとNTTデータを中心としたIT振興策の挫折を描いています。「電子立国の中核を担う彼らが、国策のくびきを断って立ち上がらなければ、我が国は電子二等国に成り下がってしまう。」ということなのですが、どうすれば良いのでしょうか。いや、その前にそもそも何が起こって、何が問題だったと言うのでしょうか。もう一度過去を振り返って、将来を考えたいと思います。

日本が国策としてコンピューターを基幹産業の一つにしようとしたのは1960年代に遡ります。第二次世界大戦中に発明され、当初世界に3台もあれば十分と言われたコンピューターは1950年代になると、IBM、ユニバックなどが商用機を開発し、急速な普及を始めました。これを見てアメリカではGE、RCAのような大電気メーカーが参入し、ヨーロッパでもイギリスのICL、フランスのブルなどが国家的支援を受けてコンピューターの開発を始めました。コンピューター業界では国境を越えて、激しい競争が展開されました。

ところが、1964年に発表されたIBMのシステム360により、勝負は早いうちにあらかたついてしまいました。システム360はICの使用、最初の統合的OSの搭載など種々の先進技術を導入してはいましたが、当時としても最先端とは必ずしも言えないものでした。システム360が革新的だったのは、同じアーキテクチャーのもとで、超大型から小型まで複数の製品がファミリーとして発表されたことです。

アーキテクチャーは「設計方式」とも訳されますが、デルでもソニーでも東芝でも、どのメーカーのPCでも同じWindowsが動くのは、どのメーカーの製品もアーキテクチャーというルールが共通になっているからです。アーキテクチャーが同じであれば製品が違っていても、同じソフトウェア、同じ周辺機器が稼動します。

システム360はファミリーの中で、I超大型コンピューターから小型コンピューターまで共通のS360アーキテクチャーにもとづいて設計されているので、同じプログラムが稼動します。一見当たり前ですが、システム360の前はIBMのコンピューターの間でも同じプログラムを動かすことはできませんでした。

WindowsとMac、VHSとベータマックスのように、異なるアーキテクチャー間で競争があると、多くの場合どれか一つが単により多くのユーザーを持っているという理由で、市場を占有してしまいます。このような現象を「収益逓増」と言ったりしますが、システム360発表以前にコンピューター市場で高いシェアを持っていたIBMは、システム360で製品系列の統合を同一アーキテクチャーで行うことにより、収益逓増の構造を作り上げたのです。

メーンフレーム(システム360のような古典的大型コンピューター)の時代にIBMは70%以上の市場占有率を得たと思われます。これは非常に高い数字ですが、他の収益逓増型のモデルであるWindowsやVHSがほとんど100%近くまで市場占有率を高めたのに比べると、それには及びません。

IBMのメインフレームが100%にまでの市場占有率を達成できなかったのは、メーンフレームでは市販ソフトより個別に開発されたプログラム、システムが主流を占めていたからです。別のコンピューターで稼動するシステムをシステム360に移行するのは簡単ではなく、そのまま同じメーカーのプログラムを使い続ける方が経済的な場合が多かったのです。

それでも、システム360の出荷が始まるとIBMの覇権は決定的になりました。アメリカのコンピューター業界はIBMとそれ以外のコンピューターメーカーをガリバーと七人の小人(IBMのコンピューターメーカーが7社あったため)にたとえました。フランスは国策会社のブルが、7人の小人の1つのGEに買収にされそうになり、政府がストップをかけるなど、コンピューター業界はIBMの突出した支配力のもとにおかれることになりました。

IBMの支配力は1970年にシステム360の後継機として発表されたシステム370により一層決定的になります。システム370は一番の売り物が「価格性能比の向上」で、技術的新味はあまりありませんでした。それでも、仮想記憶、マルチプロプロセッサー、タイムシェアリングという3つの大きな機能を付け加え、他のメーカーに付け込まれたシステム360の弱点を抜け目なく解消しました。

話は少しずれますが、システム370で付け加えられた3つの機能は、MITのコンピューターセンターの受注をGEのMulticsシステムさらわれた原因となったものでした。その後GEはコンピューターから撤退し、MulticsはAT&Tで大型システム用から小型システム用に書き換えられ1人用のMulticsという意味のUNIXになります。UNIXはその後PCとともに80年代にIBMの大型メインフレームを追い落とす「ダウンサイジング」の中心になります。これは歴史の皮肉と言えるかもしれません。

システム370の圧倒的な支配力を見て、通産省(現在の経済産業省)はコンピュータ産業の再編を急ぎます。通産省の戦略は、国産コンピューターを統合することでしたが、結果的には富士通、日立、NECを核とする3グループに集約されました。特に着目すべきだったのは、富士通、日立はグループは異なるものの「IBM互換(システム370互換)」という意味で、共通のアーキテクチャーをもつ「Mシリーズ」に製品系列を移行することになったことです。

Mシリーズは従来からIBM互換をベースにしたRCAと提携していた日立より、「純国産」を標榜していた富士通のコンピューターにより大きな転換をもたらすものでした。しかし、Mシリーズは立ち上がりから大きな試練に直面します。一つはハードウェア上の互換性だけでなく、OSを含めたソフトウェアでもIBMとの互換性を確保すること、もう一つはIBM自身がシステム370と全く異なる、未来のコンピューターとも言うべきFS(Future System)の開発に着手しているという情報が伝わってきたことです。(続く

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