ビジネスのための雑学知ったかぶり
ビジネスでも雑学は重要! 知っていると少しは役に立ったり、薀蓄を自慢できる話題をご紹介
プロフィール

RealWave

Author:RealWave
Twitterアカウントはrealwavebabaです。

馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

ご連絡はrealwaveconsulting@yahoo.co.jpまで

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

お客様カウンター

Since 2009/10/21

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日の丸コンピューターを再評価する (2)
facomm380.jpg
Mシリーズ・コンピューターはIBM追撃に成功した(写真は富士通製M380)

太平洋の向こうから聞こえてきたIBMのFS(Future System)は日本のコンピューター業界とそのスポンサーである通産省、電電公社(現在のNTT)を震撼させました。断片的な情報をつなぎ合わせるとFSは、革新的な高密度半導体技術をベースに、巨大な単一レベル仮想記憶、高水準言語インターフェース、リレーショナルDBを備え、プログラムの生産性に革命をもたらすと考えられました。IBMはシステム360、370と続いたアーキテクチャーから全く新しいアーキテクチャーに乗り移ろうと考えていたのです。

せっかく、Mシリーズで開発したシステム370互換機がポンコツになる。そんな心配は文字通り杞憂に終わりました。IBMはシステム370のアーキテクチャーからFSに顧客は容易に移行しないだろうという現実に直面しました。IBMに覇権をもたらした「収益逓増」の原理はIBMの新製品も同じように排除したのです。

FSの開発はシステム370の発表の翌年、1971年にスタートしましたが、直接のきっかけとなったのは、一時IBMのメインフレームの売上げが低迷したことにあります。IBMはその原因は年々向上するハードウェアの性能をソフトウェアが使いきれないことにあり、ソフトウェアの開発生産性を飛躍的に向上させる必要があると考えました。長期的には正しい見方でしたが、心配するのは早すぎたのでしょう、メインフレームの売上げはシステム370の発表後すぐ回復しました。

技術的にもFSは難問だらけでした。高水準言語インターフェース、単一レベル仮想記憶装置などは、使いやすさをハードウェアの性能で補おうとしたものでしたが、あまりにも性能が悪すぎました。使いものになるレベルではなかったのです。

結局IBMは1975年にはいり、FSプロジェクトを放棄します。しかし、投入した膨大な研究開発費のかなりは、その後回収されます。超高密度回路技術は1980年代にはり3081シリーズというアーキテクチャー的にはシステム370の発展系の機種で実装されました。そして、高水準言語インターフェースなどの革新的なアーキテクチャーは日本では「オフコン(オフィスコンピューター)」と位置づけられたシステム38で使用されました。システム38はその後AS400となり、現在はSystem IとしてIBMのサーバー製品の一角を担っています。
IBM-AS400.gif
IBMのFSはオフコンになった(写真はIBM AS400)

話が前後しますがMシリーズなどのシステム370対抗機種は通産省主導のもとで開発されました。通産省は国産コンピューター各社を統合するためのエサとして開発研究費の補助を行ったのです。それでも、実際の開発は各メーカーは補助金を受けつつ自前で行いました。同じシステム370互換機を開発した富士通と日立も対IBMでは一致したものの、商売の現場では激しく争っていて、共同研究などできなかったのです。

日立はRCAからの流れもあり、自力でシステム370互換機開発を行うことができました。しかし富士通はFACOM230シリーズという異なるアーキテクチャーの機種を持っていて、IBM互換機の開発を行うことは困難をともないました。

ちょうどその頃、アメリカではシステム360開発の3人の立役者の一人のジーン・アムダールが、IBMを飛び出してアムダール社を作り、IBMの互換機ビジネスを始めようとしていました。IBMの互換機ビジネスというのはインテルに対するAMDのような存在で、同じアーキテクチャーに基づいてより高性能の機種をよりすぐれた価格性能比で提供しようというものです。
amdahl.jpg
富士通はアムダールを互換機開発に利用した(写真はジーン・アムダール)

アムダールの構想は、システム370と比べ圧倒的な高密度のLSIにより、IBMでもっとも強力なシステム370ファミリーの機種より、2倍以上強力なコンピューターを開発しようというものでした。内部構造も、アーキテクチャーこそシステム370と同一でも、IBMとは全く異なる革新的なものでした。

しかし、アムダールは資金的に行き詰まり開発は頓挫しようとします。そこで富士通はアムダールに出資して、IBM互換機の開発を一気に推進することにしたのです。完成した富士通のIBMの互換機は日本では富士通M190、アメリカではアムダール470V6として販売されることになります。

アムダール470V6 は傑作機でした。IBMの最大機種だったシステム370-M168の1.5から2倍の性能と、はるかにコンパクトな概観と消費電力。さらに、信頼性も高くIBMの大手顧客は次々にアムダール470V 6を導入します。

しかし、互換機ビジネスは問題も含んでいました。アムダールのIBM互換機は最初からIBM製のソフトウェアを稼動させることしか考えていませんでした。AMDはWindowsしか動きませんが(そのうちMacも動くことになるかもしれませんが)、もともとインテルもその点は同じです。

ところがメインフレームの場合IBMはハードウェアとソフトウェアの両方を作っています。いってみればマイクロソフトとインテルが一つの会社のようなものです。単なる互換機というハードウェア屋に徹するのでなく、IBMのような総合的なコンピューター会社を目指すのならソフトウェアも自前で開発する必要があります。

富士通のとった戦略は、アメリカではアムダールを通じIBMと100%互換の製品を単なるハードウェアとして販売する一方、日本のMシリーズはIBMのOSと非常に良く似たOSを搭載するというものでした。PCの上で稼動するソフトウェはインテルのチップで稼動するとは言わず、Windowsのもとで稼動すると言います。メインフレームも同様でユーザーのプログラムが稼動するかどうかは、OSに互換性があるかどうかにかかっているのです。

国内向けにはIBM互換OSの開発、海外市場はIBM完全互換機の販売という戦略は同じくMシリーズを持つ日立も同様でした。しかし、互換OSは問題の多い戦略でした。まず、OSが互換になると、IBMの顧客を奪うのに好都合かもしれませんが、逆も真なりです。もし、IBMとのOSの機能の差が大きく開けば、自分たちの顧客が雪崩をうって逃げ出すかもしれません。「収益逓増」モデルの犠牲者になってしまうかもしれないのです。

Mシリーズの開発が行われていたころ、OSのソースコードの取り扱いが現在と大きく異なっていました。現在はWindowsなどOS、その他のソフトウェアは原則的にソースコードを公開していません。Linuxは例外ですが、Linuxのようなソフトウェアはオープンソフトウェアと明示的に呼ばれています。一方、IBMは当初OSを始め大部分のソフトウェアのソースコードを公開していました。

このため日立も富士通も全く合法的にIBMからOSのソースコードを入手していました。ソースコードがあれば、マニュアルに記載されていないような詳細なインターフェース情報や動作特性を知ることができます。互換OS 開発には必須とも言えるものです。

しかし、ソースコードを入手して、その情報をもとに互換OSを開発するのは、危険な罠になる可能性がありました。開発者の中には中身を細かく研究するのではなく、安易にコピーしようとする人もいるかもしれません。また、コピーはしていなくても実際に開発者が詳細にソースコードを分析して同じ機能のソフトウェアを作ってしまったら「コピーではない」と明確に証明することは困難になります。

互換OS というのはかなり無理のある考え方でした。OSの互換性というのは同じメーカーの製品でさえ、バージョンアップで維持するのが難しいものです。ましてメーカーが異なれば複雑なソフトウェアの稼動を保証するのは相手のOSの中身に相当入り込まなければ不可能なことだったのです。

それでもMシリーズは日本で好調に売上げを伸ばしました。大型機で圧倒的な地位を築いていたIBMのサービスに対し、中堅規模以下の顧客には不満を持っていました。特にシステム開発で計画段階まではサポートするものの、プログラム開発で汗をかくことを嫌うIBMの体質は、日本では問題でした。富士通、日立そこをついたのです。

富士通は1979年ついにIBMを日本のコンピューター市場で首位の座から引きずりおろします。日立もそれに続いてシェアを伸ばしました。NECも順調に売上げを伸ばしたのですが、市場は中小型機と政府関係が中心でした。IBM互換OS はNECの提供するOSより、機能も豊富で進歩も早く、国産メーカー、あるいはIBM嫌いという理由では、まず富士通、日立が選ばれたのです。

ここまで、日本のコンピューターメーカーが強くなった状況では、もはや政府主導の国産コンピューター育成は不要だったのかもしれません。しかし、通産省はIBMのシステム370対抗機種開発の次のプロジェクトとして、IBMのFS対抗のための超LSI技術研究組合を1976年にスタートさせます。IBMがFS開発を中止した翌年のことですが、FS対抗という錦の御旗は降ろされませんでした。

IBMのFSはコンピューターを一新するような多くのコンセプトが盛り込まれていましたが、日本のFS対抗策は、その中で高密度のLSI、それもメモリー技術に絞って研究を行うというものでした。一見、ばかばかしく見えるこの目標も、最終的に1千億円に達した政府予算を、半導体メーカーで同時にコンピューターメーカーでもある富士通、日立、NECに与えるという点では有効に機能しました。

80年代半ばには日本のメモリー半導体は世界シェアの大部分を占めるようになりました。しかし、その影響をもっとも強く受けたのはIBMではなく、インテルでした。インテルは世界最初の半導体メモリーを開発したのですが、日本メーカーに押されてメモリー半導体市場からの撤退を余儀なくされたのです。

日本のコンピューターメーカーには勢いがありました。80年代に入ると、自動車産業をはじめアメリカの製造業は次々に日本のメーカーに敗北していきましたが、電子製品や半導体もそうでした。コンピューターはソフトウェアとハードウェアの両者でできていますが、ハードウェア技術の中心となる半導体技術で日本のメーカーはIBMとほぼ同等の水準に達しました。信頼性と生産性を考えればIBMを凌駕するレベルだった言っても良いでしょう。

最初IBM互換機はCPUだけでしたが、すぐに日本メーカーはHDD、プリンターなど周辺機器にも進出しました。従来からアメリカには周辺機器の互換メーカーが沢山ありましたが、日本メーカーの製品は価格が安いだけでなく、信頼性もIBM製品より高く、機能的にもまさっている場合も多かったのです。

1980年当時を見ると、日本以外で国産のコンピューターが活躍している国はアメリカを除けばありませんでした。日本のMシリーズはIBM互換とは言っても、厳密には独自規格(富士通と日立の間でも互換性は確保されていなかった)で、周辺機器も含めて日本のコンピューター産業は特殊な環境を作り上げていました。

これは現在の携帯電話と似ています。携帯電話は日本が独自規格で小さく特殊な市場を形成しており、世界的にはサムソン、ノキアのようなグローバルプレーヤーがいます。コンピューターの場合も、ソフトウェアやシステムの市場環境、利用環境は世界の趨勢とは違った動きをしていた点は同じです。

携帯電話とコンピューターが異なっているのは、携帯電話が高価ではあっても機能的には日本独自のものが進んでいるのに対し、コンピューターの場合は独自規格のせいで海外のソフトウェアが国産メーカーの上では稼動しない(Mシリーズでは比較的わずかな努力で移植できましたが)ため、市販のスフとウェアマーケットのが成熟が遅れ、総じてソフトウェアのレベルも低かったことです。

通産省の視野には富士通、日立、NECという大メーカーしかなく、マイクロソフトやヤフーを生み出したベンチャー育成の重要性は全く認識されていませんでした。通産省も大メーカーも、自動車産業がGMを目標としたように、IBMをモデルとしてIBMに追いつき追い越すことだけを考えていたのです。

IBMを追い越そうという試みが本格的始まったのは、超LSI 技術研究組合の後継プロジェクトとして作られた「第五世代コンピューター」開発でした。1982年に立ち上げられた、このプロジェクトには10年間で570億円の国費が投じられました。

第五世代コンピューターはその後アメリカ政府の圧力もあって、国際的に開かれたプロジェクトとしての体裁を整えていきますが、国産メーカーに資金援助を行うという発想は変わっていませんでした。とは言え第五世代コンピューターは人工知能を作るという誇大妄想狂的なアイデアがベースになっており(http://realwave.blog70.fc2.com/blog-entry-59.html参照)ほとんど意味のあるアウトプットは得られませんでした。

第五世代コンピューターが「IBMを超える」という目的でスタートした頃、絶好調のIBM互換機路線に、押し込められていたマグマが爆発する、重大な危機が訪れました。IBM]産業スパイ事件と著作権紛争です。(この項続く

日の丸コンピューターを再評価する(7)
日の丸コンピューターを再評価する(6)
日の丸コンピューターを再評価する(5)
日の丸コンピューターを再評価する(4)
日の丸コンピューターを再評価する(3)
日の丸コンピューターを再評価する(2)
日の丸コンピューターを再評価する(1)


スポンサーサイト

テーマ:意思決定 - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://realwave.blog70.fc2.com/tb.php/73-9ed22dc6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。