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馬場正博: 元IT屋で元ビジネスコンサルタント。今は「A Thinker(?)]というより横丁のご隠居さん。大手外資系のコンピューター会社で大規模システムの信頼性設計、技術戦略の策定、未来技術予測などを行う。転じたITソリューションの会社ではコンサルティング業務を中心に活動。コンサルティングで関係した業種、業務は多種多様。規模は零細から超大企業まで。進化論、宇宙論、心理学、IT、経営、歴史、経済と何でも語ります。

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日の丸コンピューターを再評価する (5)
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ゴードン・ムーア

IBMの覇権のもと、メインフレームがコンピューターそのものだった時代が長く続く間、時限爆弾が静かに時を刻んでいました。圧倒的な市場支配力を背景に、IBMはメインフレームの処理能力と価格性能比を年率15%づつ向上させる戦略をとっていました。15%の改善率を維持すると5年でコンピューターの価格性能比は2倍になります。

ところが、コンピューターの性能を決定付ける半導体ははるかに速い速度で性能を向上させます。半導体業界にはインテルの創業者の一人のゴードン・ムーアが提唱したムーアの法則というものがあり、半導体の密度は18-24ヶ月で2倍になります。半導体の密度の向上はほぼ処理能力の向上につながります。ムーアの法則は半導体の能力と価格性能比は24ヶ月つまり2年で倍になると読み替えることができます。

メインフレームの価格性能比は5年で2倍しか向上しないのに、処理能力を決定付ける半導体の価格性能比は2年で2倍になる。この傾向が20年続くと、メインフレームの価格性能比が16倍になる間に、半導体の価格性能比は1,000倍以上になります。本当はコンピューターはずっと安くなるはずなのに、そうならないのはIBMとメインフレームの支配力が絶対的だったからです。しかし、大きなギャップはビジネスチャンスにすることができるはずです。
IBM-PC.jpg
IBMはPCの開発を外部に依存した(写真は最初に発表されたIBM PC)

メインフレームではないコンピューターの挑戦はIBM自身から始まりました。IBMは1981年、それまでおもちゃと馬鹿にしていたPCをIBM PCとして発表します。IBM PCが発表される前にアップルはApple IIでマニア向けでない「製品」としてのPCで成功を収めていました。しかし、IBM PCの発表によって、ビジネスでもPCを使うという動きは大きく加速化されることになります。

IBMはPCを短期で開発するため、OSやマイクロプロセッサーなど多くの基幹部品を外部調達しました。OSはマイクロソフト製のPC DOS、CP/Mなどの選択肢があり、マイクロプロセッサーはインテルの8088が使われました。

もう一つの流れはオープンです。AT&Tで開発されたUNIXは、ほとんどのOSが特定のメーカーのハードウェア上でしか稼動しなかったに対し、移植性にすぐれていて、様々な機種の上で稼動することができました。UNIXはメーカーに依存しない「オープン」なOSだったのです。

UNIXは移植の容易性やソースコードが公開されていたこともあって、多くのバージョンができ混乱も起きますが、ハードウェアさえ作ればOSはUNIXが使えることで、従来は大企業に限定されていた、コンピューターメーカーへの道をベンチャー企業に開きました。
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UNIXワークステーションは急速に普及した

ベンチャー企業の多くはUNIXでワークステーションという、強力な対話型のパーソナル・ユースのコンピューターを動かしました。ワークステーションの価格性能比は、限定された用途では従来のどのコンピューターも圧倒しました。ワークステーションは技術者や研究者さらにデリバティブで複雑な計算を必要とするトレーダーのように、それまでコンピューターの恩恵を十分に受けられなかった、専門職のビジネスマンに急速に普及しました。

重要だったのはUNIXが通信方式にインターネットの中核技術であるTCP/IPを取り入れたことです。大学や研究所に多数設置されたUNIXコンピューターはインターネットを通じて、一体化され始めました。コンピューター産業誕生以来の大革命の準備は整いつつありました。

IBMをはじめ既存のコンピューターメーカーは、UNIXやPCは信頼性が低く管理不能で,まともなビジネスで使える代物ではないと考えていました。IBMはPCをメインフレームを補完する「高機能な端末」と位置づけようとしました。メインフレームにより統合され管理されたコンピューターシステムこそ「正しい」システムだと考えたのです。

IBMも富士通、日立、NECなどの日本のメインフレームメーカーさらにDEC、タンデムなど従来型のコンピューターメーカーは変化する時代を十分に認識できていませんでした。技術が理解できなかったわけではありません。顧客を理解することができなかったのです。
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既存のコンピューターメーカーは「イノベーションのジレンマ」に囚われていた(写真はクレイトン・クリステンセン)

ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授は、技術が進歩を続け、ほとんどのユーザーには過剰性能となっても、企業が最先端の最優良顧客の声に耳を傾ける結果、かえって一般ユーザのニーズから乖離した製品を出し続けてしまうことを「イノベーションのジレンマ」と言っています。また、クリステンセンは技術の進歩を安価な製品を開発することに使って、それまで需要がないと考えられていた顧客層を創造することができることも指摘しています。

クリステンセンは、このような「イノベーションのジレンマ」をHDD(ハードディスク装置)の製品の世代交代とリーディング企業の交代が同時に起きる事実をもとに、見つけ出したのですが、UNIXやPCに対するコンピューターメーカーの姿勢は「イノベーションのジレンマ」そのものでした。技術の進歩が全く新しい市場を作ろうとしていることが、既存のコンピューターメーカーには見えなかったのです。

UNIXはハードウェアに依存しないで稼動しました。TCP/IPは一つのメーカーに統一しなくてもネットワークを構築することを可能にしました。ユーザーはメーカーによって囲い込まれるのではなく、ニーズに沿った製品を組み合わせることが可能になってきました。違ったメーカーの製品を組み合わせることは困難も伴いましたが、大きなメリットがありました。ハードウェアもソフトウェアも価格が桁違いに安くなったのです。ムーアの法則を押さえ込んでいた、メインフレームや既存のコンピューターメーカーの築いた堤防は音を立てて崩れ始めました。

IBM PCもIBMの意図とは違った方向に進み始めました。1984年にIBMが発売したIBM PC/ATはシステム360同様に各部分の接続方式が明快に定義され、それまで以上に色々な機器や部品を組み合わせることが簡単になりました。システム360や370と違っていたのは、PC本体すら部品の組み合わせで作ることが可能だったことです。

システム370の場合、日立や富士通は「互換機」を開発しましたが、中身の回路や設計はそれぞれ独自のものでした。開発は莫大な費用がかかり、大企業でなければシステム370互換機の開発は不可能です。しかし、IBM PC/ATは違います。もっとも重要なマイクロプロセッサーはインテル製で、大部分の部品は市場から調達できます。PCの組み立ては個人でさえ可能になったのです。

IBMはIBM PC/AT互換機がコンパックをはじめ、ほとんど無数と言ってもよい企業により作られ始めたことに危機感を持ちます。しかし、IBMのPC事業は創設時のベンチャーの気風は失われていました。IBM PCは「5年ごとに新製品を出す」というメインフレームのスピード感に支配され、次第に競争力を失っていきます。インテルの最新鋭のチップ搭載のPCは常にコンパックから発売され、IBM PCに組み込まれるのはずっと後になってしまったのです。

IBMが起死回生の策として打ち出したのはPS2と名づけた新世代のPCでした。PS2はIBMの独自規格で身を固め、OSもMSDOSではなくOS/2と呼ばれた高機能なOSでした。OS/2はマイクロソフトとIBMの共同開発でしたが、二つの全く異なる企業文化が衝突し、OS/2の開発は予定を大幅に遅れます。
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ビル・ゲイツはIBMと決別した

OS/2の開発はIBMとマイクロソフトの関係、正確に言うとマイクロソフトのIBMの下請けという立場に終止符を打ちます。ビル・ゲイツは悩みながらもIBMから完全に離れ、OS/2と真っ向から衝突するWindows/NTの開発へと進んでいきます。

時代はIBMのような統合型のコンピューター企業が支配から、多数の企業が対等な立場で製品を供給する水平分業の世界に急速に変わりつつありました。顧客である企業の内部も大きく変わっていきます。 情報システム構築の中枢であったIT部門とCIOは権力と予算をユーザー部門に奪われ、ユーザー部門は独自のシステムを持つようになります。

ユーザー部門のシステムはUNIXやPCで構成された、オープン技術をベースにしたものが主流でした。ユーザー部門のシステムでは、それまで開発案件の滞貨の山に埋もれていたものや、全く新しいものまで様々でした。メインフレームからより価格性能比の高い、小型のシステムに移行する「ダウンサイジング」が始まったのです。そして企業で唯一のシステムという座から滑り落ちたメインフレームは、 過去の遺物という意味の「レガシー」と呼ばれるようになりました。

IBMにとって事態は深刻でした。IBMと二人三脚で企業のコンピューター化を推進してきたIT部門とCIOが力を失ってしまったのです。IBMの営業はIT部門とは密接な関係を保っていましたが、ユーザー部門はむしろメインフレームベースの既存のシステムとIBMに反感すら持っていました。80年代の終わりになるとIBMの業績は明らかに低下を始めます。
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IBMは史上初めて首切りを始めた

1991年、IBMは歴史上初めての赤字を経験し、頑なに回避してきた従業員の首切りを実行します。しかし、業績の低下に歯止めはかからず、IBMはほとんど倒産一歩手前までの状態になります。40万人にいた従業員は3年で30万人までに減少しましたが、収入と支出のバランスは回復しませんでした。ビジネスには使えないと思ったオープンシステムとPCにIBMは命脈を絶たれようとしていたのです。

IBMが危機に陥り大リストラに着手し始めた頃、日本の状況はどうだったのでしょうか。日本でもオープンシステム、ダウンサイジングはブームになりましたが、アメリカほど徹底したものではありませんでした。富士通も日立もNECもバブル経済の続きで、業績は好調でした。日本IBMすら本国とは異なり利益を出し続けていました。

理由は色々考えられますが、一番大きな要因はアメリカ(および日本以外)と比べると、日本は国内メーカーがユーザーにより深く食い込み、自社システムの中に閉じ込めておくことが可能だったことでしょう。また、タイプライターが普及していたアメリカでは、エンドユーザー・コンピューティングが早く成長できる土壌があったこともあるでしょう。

しかし、理由はともあれコンピューターの分野ではアメリカで起きたことは、遅かれ早かれ日本でも起きることが多いのは事実です。IBMがもはや覇権を失い、年率15%づつの価格性能比の改善という「価格の傘」はなくなってしまいました。IBMに替わって覇者になった、マイクロソフト、インテルは統合システムのメーカーではなく、言ってみれば部品メーカーです。いまや、IBMのようなコンピューター産業全体の覇者は存在せず、水平分業を行う多くの企業がコンピューター産業を動かすようになったのです。

IBMの「価格の傘」がなくなって、消滅したものがあります。 IBMメインフレーム互換機のビジネスです。IBMが急速にメインフレームのハードウェアの価格を低下させたことで、IBM純正機と比べすぐれた価格性能比を強みにしていたIBMメインフレームの互換機ビジネスは意味を失っていきます。

互換機ビジネスの喪失は日本メーカーの国内のビジネスにも影響を与えました。海外での販売も含めて生産量を確保していた、富士通、日立のメインフレーム事業は縮小を余儀なくされたのです。メインフレームを核にした統合システムの提供というモデルがなくなるとしたら、どうすればよいのでしょうか。製品からサービスへ、IBMは必死で変身をしようとしていました。(http://realwave.blog70.fc2.com/blog-entry-77.htmlこの項続く)

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